「苦悩は我をして光らしむ、苦悩は我が霊魂(たましい)を光らしむ」
北原白秋の他の名言
「草を見る心は己自身を見る心である。木を識(し)る心は己自身を識る心である。」
「言葉の一つ一つはかの黒の朱のてんとう虫の如く、羽立てて鳴る。微かに鳴る。言葉の一つ一つは凡(すべ)てが生ける言霊(こと・・」
「他流を知ることは自己を知ることである。」
「二人デ居タレドマダ淋シ。一人ニナツタラナホ淋シ。シンジツ二人ハ遣瀬(やるせ)ナシ。シンジツ一人ハ堪ヘガタシ。」
「一 薔薇ノ木ニ 薔薇ノ花サク。ナニゴトノ不思議ナケレド。 ニ 薔薇ノ花。ナニゴトノ不思議ナケレド。照リ極マレバ木ヨリコ・・」
「自分の弱さを心から知り得た時、人は真から強くなる。真の自分を見出す。」
「子供に還らなければ、何一つこの忝(かたじけな)い大自然のいのちの流れをほんとうにわかる筈はありません。」
「この心いよよはだかとなりにけり 涙ながるる涙ながるる」
関連する名言
「私は誰とも争わなかった。争うに値する者などいなかったから。自然を愛し、自然の次に芸術を愛した。人生の火にかざして両手を温めた。その火は今、衰えてゆく。私は旅立つ用意ができている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死が私の上に立ち、耳元で何かをささやく。その奇妙な言葉について私に分かるのは、そこに恐れの言葉など一言もない、ということだけだ。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「滅びたイリオンを越えてヘレネは生き、アルケスティスは黄泉の国から立ち上がる。彼女たちを呼び戻すのは詩であり、死すべき乙女たちに不滅の若さを与えるのも詩である。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「名声の門と墓の門は、同じ楣(まぐさ)の下に並んで立っている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「一枚、また一枚と葉が落ち、一輪、また一輪と花が散る。寒い時節に散るものも、暖かい時節に散るものもある。ひとしく咲き、ひとしく散り、それらを育てた大地がすべてを迎え入れる。大地の賢い子である私たちは、命が尽きたとき、その懐に身を沈めることにもっと満足してよいのではないか。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死は姿こそ見えないが、すぐそばにいて、私の八十歳を惜しんでいる。私はこの最後の歳月をそっくり彼にくれてやってもいい、五十年前に過ぎ去ったあの一年と引き換えに。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「批評家ぶった口がやかましいこの世でささやかれるあらゆる「きまり文句」のなかで、偽善者のそれが最悪かもしれないが、いちばん苦痛なのは批評のきまり文句だ。」
— ローレンス・スターン
「時はあまりに速く過ぎ去る。私が一字を記すたびに、人生がどれほどの速さでペンのあとを追ってくるかを思い知らされる。」
— ローレンス・スターン
「脱線は、まぎれもなく陽光だ。脱線こそ読書の命であり魂である。」
— ローレンス・スターン
「人間の身体と精神は、上着とその裏地のようなものだ。一方をしわくちゃにすれば、もう一方もしわくちゃになる。」
— ローレンス・スターン