「アンケート調査をしたら、『銀の匙』の授業を始める前には5%しかいなかった国語好きの生徒が、95%にまで増えました。この結果を見て、『銀の匙』で押し通しても大丈夫だと思いました」
橋本武の他の名言
「灘校で教師をしていたころも、生徒に頭ごなしにあれこれ禁止するのではなく、「常に人の気持ちを考えなさい。腹が立って食って掛かりたくなっても、そうされたら相手がどう思うか、一瞬でも考えなさい」と指導していました。責任を伴った自由を与えることで、子どもの意欲や個性は伸びるのです」
「遊ぶことがゆとりではありません。水準以上のことをやることで「ゆとり」が生まれます。そして、水準以上のことは「遊びの精神」でできるのです」
「物語を手がかりにして、「横道」にそれていくということをやりました。「横道」にそれていくことが、子どもにとっては面白いのです」
「一方的に親の判断を押し付けるのではなく、子どもを対等な一人の人間としてとらえ、その思いや考えを尊重することが大切です。責任を伴った自由を与えることで、子どもの意欲や個性は伸びるのです」
「ただ言われたことを黙って受け入れるのではなくて、自分から積極的に求めていく。自分から求めていく力がつけば、国語だけでなく、ほかの教科にもそれが及んでいきます。生活態度はもとより、勉強に対する姿勢も自然と変わっていきます」
「自ら興味を持ち、自ら進んでいろいろとやりなさい」
「“遊ぶことは何の役にも立たないかというと、そうではない。“遊ぶことによって興味が広がったり、記憶する力が刺激されたりする」
「“遊ぶは、毎日しなければならないこと以外に、自分の心身をなぐさめ、楽しむ行為。“学ぶは、自分の目標となるような人を見つけ、その人のようになれるよう、その人の真似をしていく行為」
「「“まなぶも“あそぶも平仮名3文字で、“ぶで終わる」という声が上がります。見たままの感想ではないかと思われるかもしれませんが、それをあらためて確認することが大切です。そこからさらに発想を膨らませることができるからです」
「熱意は生徒たちにも伝わります」
関連する名言
「私は誰とも争わなかった。争うに値する者などいなかったから。自然を愛し、自然の次に芸術を愛した。人生の火にかざして両手を温めた。その火は今、衰えてゆく。私は旅立つ用意ができている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死が私の上に立ち、耳元で何かをささやく。その奇妙な言葉について私に分かるのは、そこに恐れの言葉など一言もない、ということだけだ。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「滅びたイリオンを越えてヘレネは生き、アルケスティスは黄泉の国から立ち上がる。彼女たちを呼び戻すのは詩であり、死すべき乙女たちに不滅の若さを与えるのも詩である。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「名声の門と墓の門は、同じ楣(まぐさ)の下に並んで立っている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「一枚、また一枚と葉が落ち、一輪、また一輪と花が散る。寒い時節に散るものも、暖かい時節に散るものもある。ひとしく咲き、ひとしく散り、それらを育てた大地がすべてを迎え入れる。大地の賢い子である私たちは、命が尽きたとき、その懐に身を沈めることにもっと満足してよいのではないか。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死は姿こそ見えないが、すぐそばにいて、私の八十歳を惜しんでいる。私はこの最後の歳月をそっくり彼にくれてやってもいい、五十年前に過ぎ去ったあの一年と引き換えに。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「批評家ぶった口がやかましいこの世でささやかれるあらゆる「きまり文句」のなかで、偽善者のそれが最悪かもしれないが、いちばん苦痛なのは批評のきまり文句だ。」
— ローレンス・スターン
「時はあまりに速く過ぎ去る。私が一字を記すたびに、人生がどれほどの速さでペンのあとを追ってくるかを思い知らされる。」
— ローレンス・スターン
「脱線は、まぎれもなく陽光だ。脱線こそ読書の命であり魂である。」
— ローレンス・スターン
「人間の身体と精神は、上着とその裏地のようなものだ。一方をしわくちゃにすれば、もう一方もしわくちゃになる。」
— ローレンス・スターン