「必要とされることが一番の喜び」
竹下佳江の他の名言
「(アテネ五輪の出場権を獲得したときのことについて)やっとオリンピックの舞台に立てるという思いもあったし、出場権を獲れなかったときのメンバーに対しても、何かしらの思いは伝えられることができたと思いました」
「JTの当時の部長さんと、一柳昇監督が何度も何度も私の所に来て、「うちでやってくれないか」と。最初は「うん」とは言えなかったのですが、本当に何度も足を運んでいただいた。それで、たとえ少ない人数でも、自分を求めてくれる人の期待に応えられるようにしようと思いました。だから、おふたりには、自分が閉ざしていたものを開いてもらったという意味ですごく感謝しています」
「私は、私のことを純粋に必要としてくれる場所があって、そこに戻ることができました」
「初めて一人暮らしをしたので、新鮮でした。ハローワークにも通いました」
「一度バレーから離れようというのが一番で、具体的なビジョンはなかったです。世の中の人がみんな敵に見えるし、人間不信になったので、離れて時間をおきたかった」
「シドニーのことがあってから2年経ってやめたのは、いろんな事情があったから。チーム事情もあったので、自分だけではどうにもできない問題もあった。このときの2年間は義務感だけでバレーをしていました。心には大きな傷を負っているのに、チームに迷惑をかけたくないからコートに立つ。コートに立ったら勝たなくてはならない。苦しくてたまらなかった。オリンピックには未練がありましたけど、あのときは切り捨てるしかなかった」
「(シドニー五輪予選で女子バレー史上初の五輪不出場となってしまったことについて)とにかく周り中、みんなが敵に見えました」
「(骨折をして)私のトスがぶれることもありましたが、そんなトスをみんな必死で打ってくれた。そのことが私を励ましてくれました」
「自分自身、本当に頑張ったと思います。いろんなことがありましたし、長い道のりだったなというところですかね」
「(メダルをとって)素直に嬉しいという気持ちが一番。でも、そのときのことを言葉で表現しろと言うのは難しいです。本当に、言葉にしたらそれだけになっちゃいますね」
関連する名言
「換言すれば、一は政治は一般民衆のために行われねばならぬということで、二は政治は一般民衆の意嚮によって行われねばならぬということである。」
— 吉野作造
「即ち国権の運用に関してその指導的標準となるべき政治主義であって、主権の君主に在りや人民に在りやはこれを問うところでない。」
— 吉野作造
「古代においては政治の目的は少数強者の生存繁栄またはその権力の保持に存し、決して人民一般の利福ではなかった。」
— 吉野作造
「この時代においては一般人民はこの目的を助くるための道具に過ぎず、いわば牛馬の如き役目を勤むるものに外ならなかった。」
— 吉野作造
「しかしながら国民思想の進歩すると否とは、実は先覚者がこれを適当に指導するや否やによって定まる。」
— 吉野作造
「精神的には政治家の人格言論を理解し判断し、その最良なる者に聴従して自家の立脚地を定むるだけの見識を有って居る。」
— 吉野作造
「この宇宙に対決するものにとって、一つの、そして、唯一つの驚きは、その中に、測ることのできぬ秩序が、厳しく、その道を辿っていることである。」
— 中井正一
「人間という動物は、ある意味においては大変な動物である。」
— 中井正一
「文字と言葉で、宇宙の秩序を、自分の中に鏡のごとく写すことのできる動物である。」
— 中井正一
「図書館の中に生きることは、この「形」の発展の形成を、生き身をもって生きることにほかならない。」
— 中井正一
