「普通、俳優さんが演技力と思っているものは、まあ、邪魔ですよ」
大島渚の他の名言
「新選組の人間関係は自分が持っていたものと近い。ある意味、新選組はボク自身だとも言えるんです」
「意識的に解散する場合もあるけど、意識しなくても、男同士の友情みたいなものは10年続けばいいんじゃないかと思う。理屈があってそう言うんじゃなくて、結果論として10年サイクルで解散していくというか」
「ボクは、ひとつの集団というのは大体10年だと思っています」
「一番興味があったのは、新選組という集団が壊れていく運命にあったということ、たった一人の少年が入ったことで集団が揺れ動くことに興味があったのかなぁと思いますね」
「(俳優を選ぶときは)単に人間を見てるだけです。こいつはどういうヤツなのかということを」
「ボクが一番嫌いなものは、言葉で言うと媚。“ひらひらと言ってるんですが、そのひらひらをつけることが演技であったり、映画であったりすると思ってる人が多いんですが、ボクはひらひらが一切嫌なんですよ」
「ある人間がそこにいる、それだけで常にボクは十分なんです」
「ダメなヤツはもともとダメなんで、それは選んだ私が悪いんです」
「一回しか撮らないのは、その俳優を殺すより生かしたほうがいいと思うからです」
「ボクが何をやりたいのか考えないようなスタッフは要らないし、よほどの馬鹿でない限りちゃんとできるものなのです」
関連する名言
「茶湯の交会は一期一会といひて、たとへば幾度おなじ主客交会するとも、今日の会ふたたびかへらざる事を思へば、実に我一世一度の会なり」
— 井伊直弼
「益者三友、損者三友。直きを友とし、諒を友とし、多聞を友とするは益なり」
— 孔子
「嘘をつく快楽が同時に真実への愛であることを、彼は大いに自得すべきである。」
— 織田作之助
「嘘つきでない小説家なんて、私にとっては凡そ意味がない。」
— 織田作之助
「小説は芸術でなくてもいいとまで考えたのだ。」
— 織田作之助
「「可能性の文学」はつねに端の歩が突かれるべき可能性を含んでいるのである。」
— 織田作之助
「私は人間の可能性を追究する前に、末期の眼を教わってしまったのである。」
— 織田作之助
「坂田三吉は定跡に挑戦することによって、将棋の可能性を拡大しようとしたのだ。」
— 織田作之助
「生きた哲学は現実を理解し得るものでなくてはならぬ。」
— 九鬼周造
「我々は「いき」の essentia を問う前に、まず「いき」の existentia を問うべきである。」
— 九鬼周造