「僕の後ろを歩かないでくれ。僕は導かないかもしれない。僕の前を歩かないでくれ。僕はついていかないかもしれない。ただ僕と一緒に歩いて、友達でいてほしい」
アルベール・カミュの他の名言
「シーシュポスが幸福だと想像しなければならない」
「真冬のさなかに、私は自分の中に打ち負かすことのできない夏があることを知った」
「性格を持たないとき、人はたしかに方法を身につけなければならない」
「あれほど多くの苦しみにさいなまれながら、それでもなお彼の顔が幸福であるように見えるのはどういうわけだろう」
「この年になると、いやでも本当のことを言っちまいますよ。嘘をつくなんて、とてもめんどうくさくて」
「我々はなんぴとの無罪をも請け合えないのに、万人の有罪であることは確実に断言できる」
「一度でも愛する人の顔に幸福が輝くのを知ると、人は、一人の人間にとって、自分の周囲の人々の顔にこのような光をかきたてること以外には、別の使命感を抱くことが出来なくなる事を知る」
「それはわからないでしょうね、あらゆることをやってみた上でないと」
「私は死にたくないという思いで死にそうでした」
「一切が終わったらさっさと遠ざかることだ。神から、あるいは女から」
関連する名言
「大人の文学が物語性を失った時、文学家族の一員である児童文学も、見よう見まねで堕落したのである。」
— 新美南吉
「小説が口から離れて紙に移ったところから小説の堕落がはじまるのである。」
— 新美南吉
「童話はもと――それが文学などという立派な名前で呼ばれなかった時分――話であった、物語りであった。」
— 新美南吉
「紙で読んで面白くない童話は口から聞かされても面白くない。」
— 新美南吉
「今日の童話は、物語性を取り戻す事に努力を払わねばならない。」
— 新美南吉
「論理とはただの思考のからくりのことではない、現実そのものの組立てのことだ。」
— 戸坂潤
「民族の歴史的伝統を口ぐせにすることは、やがて民族の歴史的な事実を美事に抹殺して了うことだ。」
— 戸坂潤
「神様の出現は、文化のどこの領域に於ても、科学的には有害な性質を持っている。」
— 戸坂潤
「科学的精神は日本に於てはまず第一に、日本的現実を掴まねばならぬ筈のものなのだ。」
— 戸坂潤
「道徳は探究であり又探究されるべき処のものである。」
— 戸坂潤