鏡の前で、ふと自分の欠けているところばかりが目に入る日があります。背が低い、声が小さい、人前で緊張する、要領が悪い。誰にも言えないまま、心の奥にしまい込んだ劣等感を抱えている人は、思っている以上に多いものです。
この記事では、コンプレックスや劣等感と向き合ってきた先人たちの言葉を32本集めました。心理学者、アスリート、漫画家、芸能人、詩人、そして名もなきことわざまで。劣等感をなくす方法ではなく、「抱えたままでも前に進める」と思える視点を、順にお届けします。
劣等感は、誰の中にもある
最初に確認したいのは、劣等感を持っているのは自分だけではない、ということです。
「人間であるということは、劣等感を持っているということだ」
── アルフレッド・アドラー(オーストリアの精神科医・個人心理学の創始者)
アドラーは、劣等感を欠陥ではなく、人間という存在の前提として捉えました。誰もが何かしら足りないものを抱えているからこそ、人は学び、工夫し、前に進もうとします。劣等感があることを恥じる必要はない、という出発点になる一言です。
「劣等感を抱くこと自体は不健全ではない。劣等感をどう扱うかが問われているのだ」
── アルフレッド・アドラー(オーストリアの精神科医・個人心理学の創始者)
問題は感情そのものではなく、その後の扱い方にあります。劣等感を言い訳にして立ち止まるのか、小さな行動に変えるのか。感じてしまうことは止められなくても、どう扱うかは自分で選べます。
「強がりはコンプレックスの裏返し」
── アルフレッド・アドラー(オーストリアの精神科医・個人心理学の創始者)
大きな声で語る人、攻撃的な人の背景に、傷つきたくない気持ちが隠れていることがあります。これは他人を見るときの優しい視点であると同時に、自分の強がりに気づくヒントにもなります。
「無くて七癖、あって四十八癖」
── 作者不明
癖がないように見える人にも七つはあり、あると言われる人には四十八もある。つまり誰にでも癖や欠点はある、という昔からの観察です。「自分だけが変だ」と思い詰めたときに、肩の力が抜ける言葉でしょう。
「コンプレックスは誰もが持っているものです。あなたとでも結婚してくれた夫がいるのであれば、どうしてその目の前にある幸せを幸せだと感じようとしないのですか?」
── マツコ・デラックス(コラムニスト・タレント)
歯に衣着せぬ物言いで知られるマツコさんらしい、愛のある叱咤です。コンプレックスに目を奪われるあまり、すでに手にしている幸せが見えなくなっていないか。足りないものを数えるより、あるものに目を向けるきっかけをくれます。
「弱さは、愛・帰属・喜び・勇気・共感・創造性が生まれる場所だ」
── ブレネー・ブラウン(アメリカの研究者・作家)
弱さを見せることを長年研究してきた人の言葉です。完璧に見せようと鎧を着込むほど、人とのつながりや喜びからは遠ざかってしまいます。弱さは隠すべき欠点ではなく、大切なものが生まれる入口だと教えてくれます。
比べるから、苦しくなる
劣等感の多くは、他人との比較から生まれます。その仕組みを知ると、少し自由になれます。
「あなたの同意なしに、誰もあなたに劣等感を抱かせることはできない」
── エレノア・ルーズベルト(アメリカ元大統領夫人・人権活動家)
他人の言葉や態度は、きっかけにはなっても、劣等感を決めるのは自分の受け取り方です。「同意しない」という選択肢があると知るだけで、心の主導権を取り戻せます。
「自分の欠点ばかり気になり出したら、そんな劣等感を直してくれる人間はこの世に一人しかいない。つまりあなた自身だ」
── デール・カーネギー(アメリカの作家・自己啓発の先駆者)
厳しいようでいて、実は希望の言葉です。劣等感を変えられるのは自分だけ、ということは、自分が動けば変えられるということでもあります。誰かに認めてもらうのを待たなくていいのです。
「他人のために尽くすことだ。そうすれば、つまらない劣等感など、七月のとうもろこし畑にかかる朝露のように、跡形もなく消え失せてしまう」
── デール・カーネギー(アメリカの作家・自己啓発の先駆者)
意識が自分の内側に向きすぎると、劣等感は大きく膨らみます。誰かの役に立つことに集中している間は、自分の欠点を眺める余裕がなくなります。視線を外に向けることが、最も手軽な処方箋かもしれません。
「大切なのは人との違いを知ることだと思う。コンプレックスは捉え方次第」
── 二宮和也(俳優・タレント)
違いは優劣とは別物です。人と違うところを「劣っている点」と見るか、「自分の特徴」と見るか。同じ事実でも、捉え方ひとつで重さが変わると、さらりと言い切っています。
「自分を隠さない。気が弱いんだったら弱いまま。興奮しすぎるんだったらしすぎるまま。短所はない特徴だけがある。特徴をすんなりと生かした選手がグラウンドで輝く」
── 為末大(元陸上競技選手)
短所を消そうとするより、特徴として受け入れて生かす。勝負の世界で数多くの選手を見てきた人の実感が込められています。直すことに力を使い続けるより、生かす道を探すほうが、結果的に遠くへ行けることもあります。
コンプレックスは、原動力になる
劣等感は重荷であると同時に、前へ進むためのエンジンにもなります。ここでは、それを実際に力に変えてきた人たちの言葉を並べます。
「逆にコンプレックスがあるなら、コンプレックスこそすべての起爆剤よね」
── IKKO(美容研究家・メイクアップアーティスト)
コンプレックスを「抱えているもの」から「燃料」へと呼び替えた一言です。足りないと感じるからこそ、そこを補いたいという強い力が生まれます。負の感情の中に、実は推進力が眠っています。
「自分の弱さに向き合ってこそ努力は実る」
── IKKO(美容研究家・メイクアップアーティスト)
努力が空回りするのは、弱さから目をそらしているときかもしれません。自分のどこが弱いかを正直に見つめて初めて、努力の向きが定まります。向き合うことは痛みを伴いますが、そこからしか実りは始まりません。
「コンプレックスをバネに飛躍することができるのではないか」
── アントニオ猪木(元プロレスラー・政治家)
短い言葉ですが、リングで戦い続けた人の説得力があります。バネは押し縮められるほど、大きく跳ね返ります。押しつぶされそうな気持ちの強さは、そのまま飛躍の大きさになりうるのです。
「40年間負けん気でもってたみたいなもんです。逆に言うと、劣等感や怯えがあったから、続いたともいえるんですね」
── 手塚治虫(漫画家)
漫画の神様と呼ばれた人でさえ、劣等感や怯えを原動力にしていたと語っています。満たされた人ばかりが長く続けるわけではありません。不安があるから、立ち止まれずに走り続けられるという側面もあるのです。
「劣等感が人をつくる劣等感に押しつぶされまい、という頑張りが、その人に成長につながる。同じくー劣等感の皆無な人間など、あるはずがないが、もしあったとしたら、味気ない人間に違いない」
── 石ノ森章太郎(漫画家)
劣等感がない人間はいない、あったとしても味気ない、という見立てがユニークです。押しつぶされまいと踏ん張る過程が、その人の厚みをつくります。劣等感は人間らしさの証でもあるのです。
「コンプレックスなんて無意味だとわかります。すると劣等感が強みに変わる。傷つきたくなくて引いたラインを超えて挑戦すれば、新しい世界が開けます」
── 志茂田景樹(作家)
劣等感は、傷つかないために自分で引いたラインでもあります。そのラインを一歩超えてみると、思ったほど怖くなかったと気づくことがあります。挑戦して初めて、コンプレックスの正体が見えてきます。
「劣等感や欠陥は、バネになりますね。満たされていないものを満たしていきたいという思いは、表現するうえで、とても大きな原動力になってきました」
── 市原悦子(女優)
表現者にとって、満たされない思いは創作の源泉です。足りないものを埋めたいという渇きが、演技の深みにつながったと振り返っています。欠けているからこそ表現したいことがある、という逆説が胸に残ります。
「僕自身は、ズバ抜けた体格とか技術を持っているとは思ってなくて、どちらかというと体が小さいことにコンプレックスを持っていたぐらいだったんです。自分自身を客観的に分析した結果、桑田真澄という選手はたいしたこと無い選手だと」
── 桑田真澄(元プロ野球選手)
自分を「たいしたことのない選手」と冷静に見つめた上で、そこから何を積み上げるかを考えた。体格の不利を認めたからこそ、頭を使い、準備を重ねる道が開けたのだと読めます。客観視は、劣等感を戦略に変える第一歩です。
欠点は、見方を変えれば個性になる
直そうとして苦しむ欠点も、角度を変えれば持ち味になります。
「せんじつめていえば、そのもっている欠点を長所にする。これがプロの芸ということになるわけです」
── 升田幸三(将棋棋士)
欠点をなくすのではなく、長所に転換する。それをプロの芸と呼んだ視点が鋭いところです。弱みを抱えたまま勝負に出る工夫こそが、その人にしかない強さになります。
「人間は強者の近くでコンプレックスを抱く。負け犬の意識である。それを意識するのは辛いことだが、あとになって考えてみるとコンプレックスは弱虫を励まし、力づける先生のようなものである」
── 外山滋比古(英文学者・評論家)
辛い時期に感じたコンプレックスが、後から振り返ると自分を鍛えてくれた先生だった。そんな経験をした人は少なくないでしょう。渦中にいるときは苦しくても、時間が意味を変えてくれることがあります。
「馬鹿と鋏は使いよう」
── 作者不明
鋭くない人も、切れ味の悪い道具も、使い方次第で役に立つという意味のことわざです。得意ではないこと、不器用なところにも、活かせる場面があるかもしれません。短所は、置き場所を間違えているだけのこともあります。
「玉に瑕」
── 作者不明
完璧に近い宝玉にあるわずかな傷を指して、惜しい欠点を言う言葉です。ただ裏を返せば、傷があっても宝玉は宝玉のまま、ということでもあります。ひとつの欠点が、その人の価値を損なうわけではありません。
「才能があるからやるのではなく才能がないからやる、という選択肢があってもいいんじゃないか」
── 星野源(ミュージシャン・俳優)
才能がないと感じることは、やめる理由にもなりますが、続ける理由にもなりえます。才能の有無で入口をふさがなくていい、という発想が、多くの人の背中を押してくれます。
「つまづいたっていいじゃないかにんげんだもの」
── 相田みつを(書家・詩人)
つまずきや欠点を、人間であることの当然の姿として受け止める言葉です。できない自分を責める気持ちが強い日に、そっと肩をたたいてくれます。完璧でなくていい、という許しがここにあります。
ひびの入ったところから、光が入る
最後は、欠けや傷を「光の入口」と捉えた言葉たちです。
「傷口こそ、光が入ってくる場所だ」
── ルーミー(13世紀のペルシアの詩人・神秘思想家)
傷は閉じて隠すべきものと考えがちですが、ルーミーは正反対の見方をしました。傷があるから、外からの光や他者の思いやりが入り込める。痛みの跡は、世界とつながる窓でもあるのです。
「どんなものにも、ひびがある。そこから光が差し込むのだ」
── レナード・コーエン(カナダのシンガーソングライター・詩人)
コーエンの楽曲「Anthem」に登場する一節の和訳です。完璧なものを捧げることはできないが、ひびがあるからこそ光が入る、と歌われます。壊れていることを悲しむより、そこに差し込むものに目を向けたくなる言葉です。
「世界は苦しみに満ちている。しかし、それを乗り越える人々にも満ちている」
── ヘレンケラー(アメリカの教育者・社会活動家)
見ることも聞くことも難しかった人が、人生を通じて示した確信です。苦しみがあることを否定せず、同時に乗り越える人も世界にはあふれていると言い切っています。自分の欠けたところに悩むとき、その「仲間」の存在を思い出させてくれます。
「弱いのは決して恥ではない。その弱さに徹しえないのが恥だ」
── 島崎藤村(作家・詩人)
弱いこと自体は恥ではなく、弱さを偽って取り繕うことのほうが恥だという考えです。弱さをごまかさず、そのまま引き受ける潔さが、かえって人を強くします。
「一個の道具のように自分を分析しなさい。自分自身に対して100パーセント率直でなければなりません。欠点を隠そうとせずに、正面から向かい合うのです」
── オードリー・ヘプバーン(女優)
世界的な女優が語る、自己分析の勧めです。欠点を感情的に責めるのではなく、道具を点検するように冷静に見つめる。隠すより向き合うほうが、結局は自由になれると教えてくれます。
「割れ鍋に綴じ蓋」
── 作者不明
欠けた鍋にも、それにぴったり合う綴じ蓋がある。どんな人にも、それを受け入れてくれる相手や居場所があるという意味のことわざです。足りないところがあるからこそ、組み合わさる相手が見つかる。そう思えると、少し心が軽くなります。
「あばたもえくぼ」
── 作者不明
好きになれば、欠点さえ魅力に見えてくるという意味です。自分の欠点だと思っていることが、誰かの目には愛すべき特徴として映っている可能性があります。自分では隠したいところを、受け入れてくれる人は必ずいます。
コンプレックスや劣等感は、消すものではなく、付き合っていくものなのかもしれません。欠けているところがあるから、人は誰かとつながり、努力し、光を受け取ることができます。今日、ひとつだけでも心に残った言葉があれば、自分の「ひび」を少しだけやさしく眺めてみてください。そこから差し込む光が、明日の一歩を照らしてくれるはずです。