名言大学

#明治維新

一旦志を抱けば、
この志にむかって事が進捗するような手段のみをとり、
いやしくも弱気を発してはいけない。
たとえその目的が成就できなくても、
その目的への道中で死ぬべきだ『竜馬がゆく』、
坂本龍馬のセリフ(作:司馬遼太郎)

俺は議論はしない、
議論に勝っても人の生き方は変えられぬ

私の言うことが間違っていたら、
それは間違いだと徹底的に追及せよ。
君らの言うことがわからなければ、
私も君らを徹底的に攻撃する。
互いに攻撃し議論するのは、
憲法を完全なものにするためである。......

世の中の人は何とも言わば言え、
我がなすことは我のみぞ知る

わずかに他人より優れているというだけの知恵や知識が、
この時勢に何になるか。
そういう頼りにならぬものにうぬぼれるだけで、
それだけで歴然たる敗北者だ

何でも思い切ってやってみることですよ。
どっちに転んだって人間、
野辺の石ころ同様、
骨となって一生を終えるのだから

人の世に失敗ちゅうことは、
ありゃせんぞ

万事、
見にゃわからん

人間というものは、
いかなる場合でも好きな道、
得手の道を捨ててはならんものじゃ

一つの概念をしゃべるとき、
その内容か表現に独創性がなければ男子は沈黙しているべきだ

おのおの、
その志のままに生きよ

古来、
英雄豪傑とは、
老獪と純情の使いわけのうまい男をいうのだ

男は喧嘩をするときには断乎喧嘩をするという大勇猛心をもっておらねば、
いかに各論卓説を口にしていても、
ひとは小才子としか見てくれぬぞ

慎重もええが思いきったところがなきゃいかん。
慎重は下僚の美徳じゃ。
大胆は大将の美徳じゃ。
将か士かは人のうまれつきで決まるものだがお前は大将修行をやれ

人の運命は、
九割は自分の不明による罪だ

大いに屈する人を恐れよ、
いかに剛にみゆるとも、
言動に余裕と味のない人は大事をなすにたらぬ

一生に一度ぐらい手品もいいだろうが、
物事にゃ実がなくちゃ人はついてこない

人として生まれたからには太平洋のようにでっかい夢を持つべきだ

偏見を持つな。
相手が幕臣であろうと乞食であろうと教えを受けるべき人間なら俺は受けるわい

四、
五十人も人数が集まれば一人ぐらいは異論家はいる。
いるのが当然でもある。
その一人ぐらいの異論を同化できぬ己を恥じろ

財政の独立なくては、
思想の独立もなく行動の自由もない

人間はなんのために生きちょるか知っちょるか?
事をなすためじゃ。
ただし、
事をなすにあたっては人の真似をしちゃいかん

日本を今一度せんたくいたし申候

現在の日本は地平線から出たばかりの太陽である。
暁の雲から出たばかりの太陽は光が弱く、
色も薄い。
だが、
その太陽はやがて中天までくると、
全天に輝きわたる。......

英雄とは自分だけの道を歩く奴のことだ

わしゃーもーだめだ、
頭をやられとる、
お前はだいじょうぶか?
(だめだ声がでん)

道は長い。
けいこつに果てるな。
事にやぶれれば腹なんぞ切らずに命のつづくかぎり駆けて戻って来い

業なかばで倒れてもよい。
そのときは、
目標の方角にむかい、
その姿勢で倒れよ

たとえここで学問をして業が成っても、
自分の生国が亡びては何の為になるか

人おのおのが志を遂げられる世の中にしたいものだなぁ

俺は着実に物事を一つずつ築きあげてゆく。
現実に合わぬことはやらぬ

私ももしも死ななんだりや、
四五年のうちにハかへるかも、
梅雨の命ハはかられず

志さえ持てば、
前身がなんであろうとかまわぬことだ

今は力を培養するときだ。
その時機を辛抱できぬのは男ではない

世に生きものというのは人間も犬も虫もみな同じ衆生で上下などはない

いやしくも天下に一事一物を成し遂げようとすれば、
命懸けのことは始終ある。
依頼心を起こしてはならぬ。
自力でやれ

われわれに歴史は無い。
我々の歴史は、
今ここからはじまる

とんとんと登る梯子(はしご)の真中程で 国を去って薩摩同志 楼に上がる貧乏の春 辛抱しゃんせと目に涙

誰が撃ったのか。
森(秘書官)も撃たれたのか

人間、
好きな道によって世界を切り拓いていく

夢中で日を過ごしておれば、
いつかはわかる時が来る

人間に本来、
上下はない。
浮世の位階というのは泰平の世の飾りものである。
天下が乱れてくれば、
ぺこぺこ剥げるものだ。
をなさんとすれば智と勇と仁を蓄えねばならぬ

人の一生というのは、
たかが五十年そこそこである。
いったん志を抱けば、
この志に向かって事が進歩するような手段のみをとり、
いやしくも弱気を発してはいけない。
たとえ、......

男はどんなくだらぬ事ででも死ねるぞという自信があってこそ、
大事を成し遂げられるものだ

当時二ても土佐国ハ幕の約にハ立不甲(たちもうさず)位の所ハ相はこび申し候。
今年七八月にも相成候へバ、
ことにより昔の長薩土と相成可甲(あいなりもうすべし)と相楽ミ居甲候

世の人は我を何とも言わば言え 我が成す事は我のみぞ知る

人生は一場の芝居だというが芝居と違う点が大きくある。
芝居の役者の場合は舞台は他人が作ってくれる。
なまの人生は自分で自分のがらに適う舞台をこつこつ作って、
そのうえで芝居をするのだ。
他人が舞台を作ってくれやせぬ

丸くとも一かどあれや人心 あまりまろきは ころびやすきぞ

世の既成概念を破るというのが真の仕事である

男子の志は、
簡明直裁であるべきだ

此頃ハ天下無二の軍学者勝麟太郎という大先生に門人となり、
ことの外かわいがられ候て、
先きゃくぶんのようなものになり・・・すこしエヘンにかおしてひそかにおり申候。
達人の見るまなこはおそろしきものとや、
つれづれにもこれあり。
猶エヘンエヘン、......

戦わずして敵の不意を誅するのが、
上乗の戦さというものである。
どうすれば戦わずして勝ちうるか奇計異術では出来ない。
誠をもって押してゆく以外にない

生きるも死ぬも物の一表現に過ぎぬ。
いちいちかかずらわって おれるものか。
人間、
事を成すか成さぬかだけを考えておればよい

本当の愛国心とか勇気とかいうものは、
肩をそびやかしたり、
目を怒らしたりするようなものではない

今日の学問は全て皆、
実学である。
昔の学問は十中八九までは虚学である

他人の命は他人様それぞれの料簡で始末すればいいが、
俺の命は俺の一存で成改できる

俺は落胆するよりも、
次の策を考えるほうの人間だ

国の安危存亡に関係する外交を軽々しく論じ去つて、
何でも意の如く出来るが如くに思ふのは、
多くは実験のない人の空論である

意味さえわかれば、
よいではないか

そのことは我が胸に成算がある。
やろうと思えば世に出来ぬことはない