「もしもわたしが中国からの要請を断ったならば、どうなるだろうと考えたんです。きっと、ロシアのコーチが中国に行くだろう。そうしたら、またロシア流シンクロが脚光を浴びて、日本流シンクロをアピールする場所がなくなるんです」
井村雅代
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「もしもわたしが中国からの要請を断ったならば、どうなるだろうと考えたんです。きっと、ロシアのコーチが中国に行くだろう。そうしたら、またロシア流シンクロが脚光を浴びて、日本流シンクロをアピールする場所がなくなるんです」
井村雅代
「ロシアのコーチやアメリカのコーチだって、いろんな国で教えているじゃないですか。シンクロはロシア流、アメリカ流、日本流とテイストが違うんです。だから、日本のコーチだっていっぱい世界に出ていったほうが、日本流がメジャーになっていくわけです」
井村雅代
「あんたは、これがダメなんやな。じゃ、こっちをやってみい」
井村雅代
「その子に悪いところがあったら叱る、ただそれだけ。コーチとして見たこと、感じたことをきちんとその場で言う」
井村雅代
「裏でガタガタ言わないこと。練習が終わってから、あの子はどうこうって、女性特有の陰口あるでしょう。あれは絶対しない」
井村雅代
「負けたくない。自分の選手は絶対、表彰台に立たせてやりたい」
井村雅代
「私、当時から子供たちに怒ってたよ(笑)。ただ、無駄な怒り方やった。いまは年いったおかげで、エネルギーをうまく使えるようになった」
井村雅代
「いまにして思えば、確かにあのときが最大の試練だったんやろうね。でも当時は辛いとか考える余裕もなかった。ただぐっと堪えるしかなかった」
井村雅代
「私が優勝したときのチームメイトを教えていたんですが、デュエットで優勝した双子の姉妹がいたんです。私はデュエットでは3位だったから、力は向こうのほうが上」
井村雅代
「案の定、次の年に先輩たちがやめたら優勝を逃して、その後は負け続け。あのとき、再び勝つまではシンクロをやめられないと思ったんです。負けっぱなしでやめるのは嫌だった」
井村雅代
「私自身は大したことない選手だったんですわ。このときは先輩4人がうまい人ばっかりだったから」
井村雅代
「私は中学1年のときに、浜寺の全課程を卒業したんですが、その時点で、日本水泳とシンクロと水球の3つの種目の内、どれかを選ばなければならず、私はシンクロを選んだんです」
井村雅代