「1999年にアメリカに渡って、2000年、01、02、03まで、アメリカでやって、ヘディングが全然できなくて、勝てなくて、いつもコーナーは残りの一枚なんですよ」
澤穂希
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「1999年にアメリカに渡って、2000年、01、02、03まで、アメリカでやって、ヘディングが全然できなくて、勝てなくて、いつもコーナーは残りの一枚なんですよ」
澤穂希
「覚えているのはオリンピックの初戦のニュージーランドの狭いニアでのゴールぐらいですね」
澤穂希
「やはり、相手がアメリカで、しかもワールドカップの決勝で、残りもう数分しかない中で、あそこで同点に追いつく劇的ゴールっていうのは、今までにないシチュエーションでしたし、まさかあの角度からあそこにいくんだ、みたいな。シチュエーションもそうだし、シュートもそうだし、今までには感じたことがないベストゴールでしたね」
澤穂希
「あれは、自分のゴールの中でベスト1になるんですかね」
澤穂希
「アメリカとかに対して一回も勝ったことがないのに、なぜかあの時、ワールドカップの時は、勝てる気がするっていう、不思議な感じでしたね」
澤穂希
「やっぱり、女子のサッカーの中では、ワールドカップよりオリンピックのほうが位置づけ的に上っていうのが、あるじゃないですか。でも今回、ワールドカップで優勝して、自分の中では一緒になりました」
澤穂希
「変わったというか、さらにというか、金メダルの重みっていうのを感じたので、オリンピックの金メダルも欲しいって、さらに思いましたね」
澤穂希
「でも、やっぱり選ばれるっていうのは誰しもが出来ることではないんで、すごくびっくりしていますけど、それと同時に光栄に思います」
澤穂希
「すごすぎちゃってというか、王(貞治)さんとか、日本の歴史に名を刻むすごい選手の隣に、自分たちが選ばれて好いのかなっていうのもあります」
澤穂希
「日本ではまだ、そうした環境って整っていないと思います。選手としては、アメリカのそうした環境はとてもうらやましかったですね」
澤穂希
「街の人もサッカー選手を身近に感じて、チームを応援し、試合を見にきてくれる。そうやって街全体でサッカーを盛り上げている感じなんです」
澤穂希
「お客さんに選手が支えられている一方で、選手である私たち自身も観客を増やす努力をしていました。試合が近づけば、ショッピングモールでサイン会を開くこともあるし、年3〜4回はボランティア活動もするんです。私もチームメイトと一緒に、小児科病棟を慰問しました。その街の住民として、街に奉仕する精神が根付いているんでしょうね」
澤穂希