「浪宅の中でも、だんだんと変わるわけで、薬を飲んで、宅悦に顔が変わったと言われてからまた変わる。宅悦の話を聞き、髪梳になるとまた違う。声は張っても癇に抜けないようにというんですね。それと、お岩様だけが持つ力というか、パワーがなければいけないけれども、元気になっちゃいけないでしょう。そのバランスがむずかしかったです」
坂東玉三郎の他の名言
「遠くを見ない。明日だけを見る」
「桜姫って、ただのお姫さまとは全然違いますから。いろんな女の人の性格や運命を一人の女にこめたようなところがあります」
「きれいに立ち直るというのはすごく力がいる。醜く落ちていったものを次の幕でもう一度きれいに再生するのは、すごくたいへんです、精神的にも、肉体的にも」
「最初、役慣れしない頃は低い声、いわゆる男らしい声を出さねばという意識がありましたが、慣れると声の高い低いじゃなくて雰囲気なんだなとわかったので、後半ではお岩が低い調子、小平が高い調子。小平は女っぽくならない程度に張りました」
「むずかしかったのは凄みを出すというところです。「凄み」と「がんばる」というのは違う。「ふけてはいけない」というのと「軽くなる」のは違う。「病気のけだるさ」と「恨みの辛さ」も違う。結局、ぼくはまだ若いですから声を安易に使うと軽くなる。それがむずかしいのです」
「お岩は父親の敵を打ってもらいたさに伊右衛門といるけれど、子供まで生んだのに針の筵の毎日でいる。父を殺した伊右衛門と知らずに暮らしていることが因果なんでしょうね。「浪宅」は本当によくできている場面ですね」
「お岩という人は、初めて舞台に出てきた時は若くて美しい女だけれど、すでに生活に むしばまれている。原作、初演の台本では夜鷹のなりで出るんですね。でも、なぜ夜鷹なのかと考えると頭がぐらつくんですね(笑)。ですから、ぼくは夜 鷹の糸立(粗末な筵のこと)を持たずに出ました。ひとことふたこと説明したところで お岩が夜鷹であったと、見ている方にはわからないでしょうから。もしそうするならば、それなりの台本を作らなければなりませんし」
「見る側のために伝承がある、けっして演る側の楽しみじゃなく、いかに内容をはっきりわからせ、奥深く見せるかのための伝承を大切にしていきたいと思いました」
「『四谷怪談』というのは本当によいお芝居で、5時間で演じ切れない部分のどこを割愛していけばいいか、というと、本当からいえば割愛していいところなんかないわけです。ですが、今回は言ってみれば、裏表、裏表ときれいな部分と醜さが反転してゆくという演出家の趣向なんです」
「型に関してものを言う場合は、自分が3回ぐらい再演して自分なりに消化したうえで、「この型というのはこれこれこうだから、全体のバランスを考えるとこうしないと展開しないんじゃないか」とか初めて言えるんですね。初役の場合は、役の大根の意味を掴むことです」
関連する名言
「私の仕事は、一週間懸命に働いた人たちに、土曜日と水曜日の楽しみを与えることだ。」
— アーセン・ベンゲル
「毎日キャビアを食べていると、ソーセージには戻りにくくなるものだ。」
— アーセン・ベンゲル
「我々はスーパースターを買わない。作るのだ。」
— アーセン・ベンゲル
「サッカークラブは氷山のようなものだ。目に見えるのは、そのほんの一部、フットボールチームだけである。」
— アーセン・ベンゲル
「醜く勝つことは、長期的な哲学にはなりえない。」
— アーセン・ベンゲル
「私はこのクラブに人生を捧げた。それを口にすることを恐れはしない。」
— アーセン・ベンゲル
「私は自分のことを「特別な一人」だと思っている。」
— ジョゼ・モウリーニョ
「卵がなければオムレツは作れない。卵の質次第なのだ。」
— ジョゼ・モウリーニョ
「遅れてくる選手を待つくらいなら、私は10人で戦うほうがいい。」
— ジョゼ・モウリーニョ
「試合前の記者会見に臨むとき、私の頭の中ではもう試合が始まっている。」
— ジョゼ・モウリーニョ



