「昔の人が「苦労は買ってでもしろ」と言うのを聞いて、苦労をすると後でいいことがあるよ。という意味に捉えていたが、実は苦労を愛する事により億劫な事がなくなり前に進めるよ。と捉える事もできると理解するようになった」

紀里谷和明の他の名言

「私たち一人一人がそれに加担すればする程、風潮というものが生まれる。子供達はその風潮にとても敏感だ。イジメは他人事ではない。私たち一人一人がその片棒を担いでいる。逆を言うとそれだから変えられると思う。私たちが社会を通して繰り返されるイジメの構造から手を引けばいい」
「風潮を変えてみないか?存在するあらゆる中傷と戦ってみないか?ネット上でもスルーするのではなく言い返してみないか?井戸端会議や居酒屋で起こる他人の中傷からも離れてみないか?人の陰口からも離れてみないか?他人の災難を喜ぶ奴らからも離れてみないか?」
「確かに最初は辛いかも知れない。でも、そういう人達が少しずつ増えて行けばこの風潮は変わる。そう信じている。それこそが子供達の為ではないだろうか?」
「苦難は親友」
「人はどうやったら「認められたい」という欲求から開放されるのだろうか? 諸問題の根源はこれのような気がする」
「名も知られずに死んでよい。という肯定から愛が始まるような気がする」
「あらゆる生物が、その存在すら知られずに死んで行く。かと言ってそれらの存在は無意味だったのか?とういうと絶対そうではない。では何故認識を求めるのか?」
「人にはサイクルがあり、物事がうまく行くときと行かない時がある。大体十年周期で変わるような気がする。だからうまく行かなくてもそれはしょうがない。自然の摂理ってやつですよ」
「みんな言うんだよ「俺だってバッターボックスに立てたらヒット打てる」って。しかし実際はそんな簡単な事ではない。そして立たないとわからない」
「本当に思うんだよ。地球のどこを切り取っても美しい。本当に美しい。でもなんで世界はこんなに醜く、苦しみと暴力に満ちあふれているのか?って。喜びや幸せはその暗黒の切れ間からもれる儚い光のように見える」

関連する名言

「私は誰とも争わなかった。争うに値する者などいなかったから。自然を愛し、自然の次に芸術を愛した。人生の火にかざして両手を温めた。その火は今、衰えてゆく。私は旅立つ用意ができている。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「死が私の上に立ち、耳元で何かをささやく。その奇妙な言葉について私に分かるのは、そこに恐れの言葉など一言もない、ということだけだ。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「滅びたイリオンを越えてヘレネは生き、アルケスティスは黄泉の国から立ち上がる。彼女たちを呼び戻すのは詩であり、死すべき乙女たちに不滅の若さを与えるのも詩である。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「名声の門と墓の門は、同じ楣(まぐさ)の下に並んで立っている。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「一枚、また一枚と葉が落ち、一輪、また一輪と花が散る。寒い時節に散るものも、暖かい時節に散るものもある。ひとしく咲き、ひとしく散り、それらを育てた大地がすべてを迎え入れる。大地の賢い子である私たちは、命が尽きたとき、その懐に身を沈めることにもっと満足してよいのではないか。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「死は姿こそ見えないが、すぐそばにいて、私の八十歳を惜しんでいる。私はこの最後の歳月をそっくり彼にくれてやってもいい、五十年前に過ぎ去ったあの一年と引き換えに。」

— ウォルター・サヴェージ・ランドー

「批評家ぶった口がやかましいこの世でささやかれるあらゆる「きまり文句」のなかで、偽善者のそれが最悪かもしれないが、いちばん苦痛なのは批評のきまり文句だ。」

— ローレンス・スターン

「時はあまりに速く過ぎ去る。私が一字を記すたびに、人生がどれほどの速さでペンのあとを追ってくるかを思い知らされる。」

— ローレンス・スターン

「脱線は、まぎれもなく陽光だ。脱線こそ読書の命であり魂である。」

— ローレンス・スターン

「人間の身体と精神は、上着とその裏地のようなものだ。一方をしわくちゃにすれば、もう一方もしわくちゃになる。」

— ローレンス・スターン

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