「平田は当時の僕の分身です。「俺はいい映画を撮って死にたいんだ」って、あの頃は本気で思っていましたから!まあ20年前の自分なんて、ある意味別人ですよね(笑)」
園子温の他の名言
「今の映画監督なんて全員ダメでしょ?」
「役者を育てようとする映画監督はあまり日本にはいません」
「芸人や歌手が映画を撮るのも「やめてください」と思いますね」
「誰も言わないから、俺が言う!もうキムタクはいらない」
「スター気取りの役者とも仕事はしたくない」
「僕の場合、私生活がストレートに作品に影響するので、最近は子どもたちに見せたい、かわいい映画を撮りたいなあなんて。楽しみにしていてください(笑)」
「2年前に結婚した女房(女優の神楽坂恵)が、花を生けるとか、傍から見るとちっともおもしろくなさそうなことが好きなひとなんですよ。20年前はたしかに“地獄でなぜ悪いと思っていたけれど、今はもう“天国でなぜ悪いって思っています!女房と一緒にお花畑に花でも植えて、合掌でもしてればいいやーって」
「3.11以降『ヒミズ』『希望の国』と震災に触れる映画を連作で撮り、被災地で上映すると、被災地の人たちは「映画を作ってくれてありがとう」とは言ってくれるんだけど、どこか悲しそうな表情をしていたんです。そのとき、次に撮る映画は、明るくて楽しくて、何にも考えなくていい、コーラやビールの似合うポップコーン・ムービーを作ろうって。そんな気持ちから始まった映画です。頭を空っぽにして、大音量と大スクリーンで映画を観た後は“楽しかったね!じゃあ飯でも食うか!!って、そういう映画を作りたかった」
「アクションは、ジョン・ウーやジョニー・トーの香港映画の信念で撮り切りました。何度撃たれても蹴られても、生きている!あのふたりの香港映画が存在する限り、平田も絶対に死なないぞ!! って(笑)」
「色味にも飛び散り方にも、血にはこだわりましたね。日本映画離れした血にしたかったんで。こう斬られたら、どういう風に血が飛び散るのか?美学的なつながりを考えていくと、自分でやらないと気が済まなくなっちゃって。美術スタッフに任せるのではなく、自分でまき散らしていましたね」
関連する名言
「家の中には、役に立つと知っているもの、あるいは美しいと信じるもの以外は、何も置いてはならない。」
— ウィリアム・モリス
「私は、教育が一部の人のものであってほしくないのと同じように、芸術も一部の人のものであってほしくない。自由が一部の人のものであってほしくないのと同じように。」
— ウィリアム・モリス
「私が真の芸術と考えるもの、それは、人間が労働の中で味わう喜びの表現である。」
— ウィリアム・モリス
「これらの芸術がなければ、私たちの休息は空虚で味気なく、労働は、心身をすり減らすだけのただの忍耐になってしまう。」
— ウィリアム・モリス
「ひとつの芸術の死は、すべての芸術の死を意味する。違いは、いちばん運のよいものが最後に食われるということだけだ。」
— ウィリアム・モリス
「簡素な生活は簡素な趣味を生む。すなわち、甘美で気高いものを愛する心を。それこそが、私たちが切望する新しくより良い芸術の誕生に、何よりも必要なものである。」
— ウィリアム・モリス
「自分の至福に従うなら、あなたは、ずっと前からそこにあってあなたを待っていた軌道の上に身を置くことになる。そして、あなたが生きるべき人生とは、いま生きている人生にほかならない。」
— ジョーゼフ・キャンベル
「自分が中心にいるのか、軌道に乗っているのか外れているのかを知っている何かが、あなたの内側にある。そして、金を稼ぐために軌道を外れるなら、あなたは自分の人生を失ってしまったのだ。」
— ジョーゼフ・キャンベル
「詩人とは、自らの至福と触れ合うことを職業とし、生き方としてきた人々にほかならない。」
— ジョーゼフ・キャンベル
「神話は発明されるものではない。見いだされるものだ。」
— ジョーゼフ・キャンベル