「100%50年も記憶される作品はない。多くは50年後に消え去る。今傑作と呼ばれている作品も、誰も知らなくなる。小説も芸術も音楽も。映画ならなおさらだ。まだたった100年の歴史。どの映画が名作として残るかの試練すら始まっていない。良い映画より、自分を発見する事。撮り続けるしかない」
園子温の他の名言
「今の映画監督なんて全員ダメでしょ?」
「役者を育てようとする映画監督はあまり日本にはいません」
「芸人や歌手が映画を撮るのも「やめてください」と思いますね」
「誰も言わないから、俺が言う!もうキムタクはいらない」
「スター気取りの役者とも仕事はしたくない」
「僕の場合、私生活がストレートに作品に影響するので、最近は子どもたちに見せたい、かわいい映画を撮りたいなあなんて。楽しみにしていてください(笑)」
「2年前に結婚した女房(女優の神楽坂恵)が、花を生けるとか、傍から見るとちっともおもしろくなさそうなことが好きなひとなんですよ。20年前はたしかに“地獄でなぜ悪いと思っていたけれど、今はもう“天国でなぜ悪いって思っています!女房と一緒にお花畑に花でも植えて、合掌でもしてればいいやーって」
「3.11以降『ヒミズ』『希望の国』と震災に触れる映画を連作で撮り、被災地で上映すると、被災地の人たちは「映画を作ってくれてありがとう」とは言ってくれるんだけど、どこか悲しそうな表情をしていたんです。そのとき、次に撮る映画は、明るくて楽しくて、何にも考えなくていい、コーラやビールの似合うポップコーン・ムービーを作ろうって。そんな気持ちから始まった映画です。頭を空っぽにして、大音量と大スクリーンで映画を観た後は“楽しかったね!じゃあ飯でも食うか!!って、そういう映画を作りたかった」
「アクションは、ジョン・ウーやジョニー・トーの香港映画の信念で撮り切りました。何度撃たれても蹴られても、生きている!あのふたりの香港映画が存在する限り、平田も絶対に死なないぞ!! って(笑)」
「色味にも飛び散り方にも、血にはこだわりましたね。日本映画離れした血にしたかったんで。こう斬られたら、どういう風に血が飛び散るのか?美学的なつながりを考えていくと、自分でやらないと気が済まなくなっちゃって。美術スタッフに任せるのではなく、自分でまき散らしていましたね」
関連する名言
「私は誰とも争わなかった。争うに値する者などいなかったから。自然を愛し、自然の次に芸術を愛した。人生の火にかざして両手を温めた。その火は今、衰えてゆく。私は旅立つ用意ができている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死が私の上に立ち、耳元で何かをささやく。その奇妙な言葉について私に分かるのは、そこに恐れの言葉など一言もない、ということだけだ。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「滅びたイリオンを越えてヘレネは生き、アルケスティスは黄泉の国から立ち上がる。彼女たちを呼び戻すのは詩であり、死すべき乙女たちに不滅の若さを与えるのも詩である。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「名声の門と墓の門は、同じ楣(まぐさ)の下に並んで立っている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「一枚、また一枚と葉が落ち、一輪、また一輪と花が散る。寒い時節に散るものも、暖かい時節に散るものもある。ひとしく咲き、ひとしく散り、それらを育てた大地がすべてを迎え入れる。大地の賢い子である私たちは、命が尽きたとき、その懐に身を沈めることにもっと満足してよいのではないか。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死は姿こそ見えないが、すぐそばにいて、私の八十歳を惜しんでいる。私はこの最後の歳月をそっくり彼にくれてやってもいい、五十年前に過ぎ去ったあの一年と引き換えに。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「批評家ぶった口がやかましいこの世でささやかれるあらゆる「きまり文句」のなかで、偽善者のそれが最悪かもしれないが、いちばん苦痛なのは批評のきまり文句だ。」
— ローレンス・スターン
「時はあまりに速く過ぎ去る。私が一字を記すたびに、人生がどれほどの速さでペンのあとを追ってくるかを思い知らされる。」
— ローレンス・スターン
「脱線は、まぎれもなく陽光だ。脱線こそ読書の命であり魂である。」
— ローレンス・スターン
「人間の身体と精神は、上着とその裏地のようなものだ。一方をしわくちゃにすれば、もう一方もしわくちゃになる。」
— ローレンス・スターン

