「先輩が決勝(トーナメント)に行く姿を見て、“日本人も世界で戦えるんだ と感じられました。だから、その次を目指そうと思えたんです。“(ソルトレイクは)出られたらいいな というところから始まったオリンピックでしたが、終わった時には、“次は自分も決勝で活躍したいな と思うようになっていました」
竹内智香の他の名言
「(ソチオリンピックでの言葉)応援してくれた世界中の人たちに、感謝します」
「スノーボードがわたしをいろいろなところに連れて行ってくれて、いろんな人に出会わせてくれている」
「今シーズンはオリンピックもあるし、もちろんワールドカップもあるので、すべてのレースで勝ちたい」
「許される限り、可能であれば1年でも長く1日でも長くスイスチームと一緒にいたいという思いは強い。強いチームを転々とするつもりはない。日本人であることに誇りを持ち、今こうしてスイスにいられることに感謝もし、また誇りも持っている」
「(シモン氏とフィリップ氏について語った言葉)時にはチームメート、時にはお兄ちゃんのようであってまた時には父親のよう。もしかしたら家族以上の存在かもしれない」
「今日は私の日だなと思ったんです」
「1番でなければ、全てが負けです。何番になっても一緒だと思う」
「長野オリンピックを見てから、ソルトレイクに出たいということしか考えていなかった。その後は、次の世界を見てみたいと思っていました。スノーボード選手として、五輪に出られれば、それでいいかなという程度だったんです」
「ゴール後に自分が決勝トーナメント進出を目標にしていたことに気付いたんです」
「(世界選手権銅メダルについて)ソチ五輪が終わって1年たって、ある程度五輪の記憶が薄れていましたし、忘れられているなというのがあったので、メダルは絶対、最低条件だと思っていたので、ぎりぎり取れてよかったな、って思いました」
関連する名言
「私は誰とも争わなかった。争うに値する者などいなかったから。自然を愛し、自然の次に芸術を愛した。人生の火にかざして両手を温めた。その火は今、衰えてゆく。私は旅立つ用意ができている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死が私の上に立ち、耳元で何かをささやく。その奇妙な言葉について私に分かるのは、そこに恐れの言葉など一言もない、ということだけだ。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「滅びたイリオンを越えてヘレネは生き、アルケスティスは黄泉の国から立ち上がる。彼女たちを呼び戻すのは詩であり、死すべき乙女たちに不滅の若さを与えるのも詩である。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「名声の門と墓の門は、同じ楣(まぐさ)の下に並んで立っている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「一枚、また一枚と葉が落ち、一輪、また一輪と花が散る。寒い時節に散るものも、暖かい時節に散るものもある。ひとしく咲き、ひとしく散り、それらを育てた大地がすべてを迎え入れる。大地の賢い子である私たちは、命が尽きたとき、その懐に身を沈めることにもっと満足してよいのではないか。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死は姿こそ見えないが、すぐそばにいて、私の八十歳を惜しんでいる。私はこの最後の歳月をそっくり彼にくれてやってもいい、五十年前に過ぎ去ったあの一年と引き換えに。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「批評家ぶった口がやかましいこの世でささやかれるあらゆる「きまり文句」のなかで、偽善者のそれが最悪かもしれないが、いちばん苦痛なのは批評のきまり文句だ。」
— ローレンス・スターン
「時はあまりに速く過ぎ去る。私が一字を記すたびに、人生がどれほどの速さでペンのあとを追ってくるかを思い知らされる。」
— ローレンス・スターン
「脱線は、まぎれもなく陽光だ。脱線こそ読書の命であり魂である。」
— ローレンス・スターン
「人間の身体と精神は、上着とその裏地のようなものだ。一方をしわくちゃにすれば、もう一方もしわくちゃになる。」
— ローレンス・スターン