私は野球に救われたのですから。たまたま中学で野球を知り、それに打ち込むことで、世の中の落とし穴にはまることがなかった。この落とし穴は、中学でも、高校でも、大学でも、社会人でも、その段階、段階で必ずあります。私は、野球のおかげでその落とし穴を避けることができたのです

衣笠祥雄の他の名言

野球が好きでした。こんなに好きな野球を一日たりとも休めますか?
自分自身が、これ以上もううまくなれないと、今一番引退を決意した理由であります
(3年生の春、夏に甲子園に出場した時は、どんなことを思いましたか)自分のプレーは忘れたけれど、入場行進だけは覚えている。伝統校・平安のユニホームを着て、グラウンドに出たときの晴れがましさ。やっぱり、一生の思い出ですね
(高校野球にしかないものは何だと思いますか)自分の成績を考えず、学校の勝利のためだけにプレーするという純真さ。プロと違って、自分が打っても、学校が負けたら終わりですから
現役時代、周囲からは鉄人と呼ばれていても、やはり自分の中の不安と常に闘っていました
鎌倉のお坊さんが書いた「ただの人であれ」というタイトルの本が印象に残っています。ちょうど79年の大スランプの時に手にしたんです。追い詰められた時に何度も何度も読みました
誰よりも故・根本陸夫さんにはお世話になりました。入団3年目に監督としていらっしゃったのですが、ひと目見た時から、この人には逆らえないと感じました。人生の箍(たが)ははずしちゃいけないと教えられました
(これまでの人生で最大の買い物は?)65年、入団直後に買ったアメリカ車フォード・ギャラクシーです。ところがこれが大問題。監督がマツダの小型車に乗っている時代でしたから、18歳の若造が何をやっていると大目玉を食いました
前々から60歳を過ぎたら子供と一緒に野球をする時間を持ちたいと思っていました。全国を回って、そういう機会が持てればと思っています。とはいえ、あんまり社会性がないので、気楽な生き方が一番というのが本音なのですが
現場が一番面白いというのは、誰よりも自分が一番わかっています

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優れたデザインは、常に他者からの意見によって、さらに良くなる。

ザハ・ハディド

とても集中して、懸命に働かなければならない。でも、自分が何を目指しているのかを知らないまま懸命に働くのでは意味がない。あなたには本当に目標が必要なのだ。

ザハ・ハディド

私たちは、とても開かれた自由な社会を目指して努力しなければならない。

ザハ・ハディド

それは大きな「変化」というよりも、むしろ「発展」だった。

ザハ・ハディド

私はいつも、建築を社会的なテーマと結びつけることに関心を持ってきた。病院や住宅にこそ、投資し、創意工夫を凝らす余地があると本気で思っている。

ザハ・ハディド

建築が違うのは、それがより没入的な体験だからだ。つまり、人が自分自身をその空間の中にどう置くか、ということなのだ。

ザハ・ハディド

チャンピオンは、うまくいくようになるまでプレーし続ける。

ビリー・ジーン・キング

プレッシャーは特権だ。

ビリー・ジーン・キング

チャンピオンとその他大勢を分けるのは、最大のプレッシャーの下でこそ自分のプレーを一段引き上げられる力があるかどうかだ。

ビリー・ジーン・キング

テニスは人生の多くの教訓を教えてくれた。自分のところへ来るボール一つひとつに、私は決断を下さなければならない。そしてボールを打つたびに、その結果への責任を引き受けなければならないのだ。

ビリー・ジーン・キング

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