「工芸の美は健康の美である。」
出典: 柳宗悦『工藝の道』(1928年)
「工芸の美は健康の美である。」
「実に多くの職人たちは、その名を留めずにこの世を去ってゆきます。しかし彼らが親切に拵えた品物の中に、彼らがこの世に活きていた意味が宿ります。」
「偉大な古作品は一つとして鑑賞品ではなく、実用品であったということを胸に明記する必要がある。いたずらに器を美のために作るなら、用にも堪えず、美にも堪えぬ。」
「そもそも手が機械と異る点は、それがいつも直接に心と繋がれていることであります。機械には心がありません。これが手仕事に不思議な働きを起させる所以だと思います。」
「国家は少数の異常な人々を挙げて、その名誉を誇るかも知れない。しかし一国の文化程度の現実は、普通の民衆がどれだけの生活を持っているかで判断すべきであろう。その著しい反映は、彼らの日々の用いる器物に現れる。」
「日々の生活こそは凡てのものの中心なのであります。またそこに文化の根元が潜みます。人間の真価は、その日常の暮しの中に、最も正直に示されるでありましょう。」
「器に見られる美は無心の美である。」
「才不才に惑うなどは二次的である。才なくとも才なきままに救われる道が確約されているのである。」
「文學は口説(クゼツ)の藝術であつた。」
— 折口信夫
「これが、文學・藝術と、宗教との違ふところである。」
— 折口信夫
「我々は祖先の世から、美しい次代を創りあげようとして、苦しんで來た。」
— 折口信夫
「もつと第一義的な批評が、出て來なければならぬ。」
— 折口信夫
「人間生活の暗示を將來して、普遍化を早める事です。」
— 折口信夫
「大人の文学が物語性を失った時、文学家族の一員である児童文学も、見よう見まねで堕落したのである。」
— 新美南吉
「小説が口から離れて紙に移ったところから小説の堕落がはじまるのである。」
— 新美南吉
「童話はもと――それが文学などという立派な名前で呼ばれなかった時分――話であった、物語りであった。」
— 新美南吉
「紙で読んで面白くない童話は口から聞かされても面白くない。」
— 新美南吉
「今日の童話は、物語性を取り戻す事に努力を払わねばならない。」
— 新美南吉