「井上先生の指摘を受けて信の目をハッキリ描くようになって、周りの絵にももう少し気を配るようになりました。背景とかもひと通り、ちゃんとキャラが見えるようにしたり」
原泰久の他の名言
「描こうと思えばいくらでも描けちゃうから・・・・。僕が倒れない限りは、ちゃんと描き切れると思います。心配はそこだけですね」
「ただ単に歴史の授業でキーワード的に暗記するものじゃなくて、こういう流れでこれがこうなって、次にこうなったんだよっていう、誰かが血を流して得た恩恵みたいなものと、失敗して得たもの、そこを最後に描ければいいかなと思ってますね」
「いろいろ調べたり詳しい方に聞くと、今の研究だと(暴君とは)逆で、始皇帝はすごい先を見ていて、新しすぎて失敗したっていうことになってきているらしいですよ。そこはおいおい描けると思うんで、今温めてるところです」
「なかなか生粋の悪は出てこないですね。悪役が出てきても、僕はついついそのキャラが悪に染まった理由を求めてしまうんです。完全なる悪人を倒すと単純に気持ちいいっていうのはわかるんですけど、そこに至る原因とかが見えてくるとどうしても、「誰しも原因があってそうなってしまったんだ」って思ってしまうので」
「やっぱりこの歳になると、みんな親への感謝を感じるようになってくると思うんですけど。また、自分が親になってという話だと、子供が死ぬ場面はあんまり描きたくないなっていうのはやっぱりあるかもしれないですね」
「最初は本当におじさんが苦手で、井上先生の「リアル」でおじさんがどう描かれているかをこっそり研究したりしてました。昌文君とか、最初やたらおでこのシワが多すぎて、逆に今のほうが若いみたいな変な感じになってるんですけど、そうやってるうちに描くのが楽しくなってきて、今はおじさんを描くほうが楽ですね」
「キャラは自由にその場の勢いで動くんですけど、ストーリーというか展開はかなり緻密に作り込んでるほうだと思いますね」
「1コマだけ出てきたキャラがこのあと大きなことをやらかしたり。ときどき忘れてるものもありますけど」
「逆算型なので、かなり先のことまで考えてますよ。物語のゴールは決まっているし、そこに向かうまでの構成も大きなブロックで作っている。すべてつながっていて、伏線も張り巡らしてます」
「(王騎が死ぬ場面を)描きながら自分でもボロボロ泣いていましたね。いつもキャラクターが死ぬときは、普通に涙してしまうんですけれど」
関連する名言
「自然は、鍵盤があらゆる音楽の音を含んでいるように、あらゆる絵の色と形の要素を含んでいる。」
— ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
「画家に「自然をありのままに受け取れ」と言うのは、ピアニストに「ピアノの上に座ってよい」と言うようなものだ。」
— ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
「芸術は「起こる」ものだ。どんな掘っ立て小屋もそれから安全ではなく、どんな王侯もそれをあてにはできない。」
— ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
「自然が常に正しいという主張は、芸術的には、世間で当然のように信じられているほど真実ではない。自然が正しいことは極めて稀で、むしろたいていは間違っているとさえ言えるだろう。」
— ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
「芸術における勤勉は、必要であって美徳ではない。仕事の跡を消せるのは、仕事だけなのだから。」
— ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
「イギリス芸術などというものはない。イギリス数学と言うようなものだ。芸術は芸術であり、数学は数学なのだ。」
— ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
「私は君と議論しているのではない。君に告げているのだ。」
— ジェームズ・マクニール・ホイッスラー
「私は子どもたちのために書くのではない。童心を持つ人々のために書くのだ。それが五歳であろうと、五十歳であろうと、七十五歳であろうと。」
— ジョージ・マクドナルド
「本物の芸術作品は、多くのことを意味するものだ。芸術として真実であるほど、それはより多くのことを意味する。」
— ジョージ・マクドナルド
「おとぎ話は、蝶や蜜蜂のようにあらゆる方向から糧を得て、健全な花という花から蜜を吸い、しかもどの花も傷つけない。」
— ジョージ・マクドナルド