「新しく知り合った友達には価値がないかというと、そういうことでも無い。年をとると、疑ったり、すぐに人を見限ったりするようになるけど、それでもこの年になってこんな素敵な友達ができたんだ、そう思うと、なかなかないことだしね。結局、古い友達も、新しい友達も、同じように貴重だと思う」
小田和正の他の名言
「(同年代以上のリスナーに対して)優しさなんて持っていない。むしろ蹴飛ばすくらいの感じで、もっと頑張ろうぜ!って」
「いい思い出を作る。人生はこれに尽きると思います。でも、いい思い出ばかりだと死ぬのが辛い。この辺りの兼ね合いが難しいのです」
「周囲の人間に助けてもらうのはいいが、頼ってはダメ。頼ると周りの人間が離れて行く。自分の力でのたうち回っても頑張る」
「行け!という気持ちで歌っているから聴いている人達に伝わっていると思う」
「本番までは高いキーで歌わない」
「理想を後回しにせず、いつも期待し、期待され、『やったね』といえる仕事をひとつひとつ積み重ねてゆきたいと思っています」
「求めている理想が高いのかなあ。使い古した言葉と、誰でも考えるようなことが、ただそこに表現されているだけなら、別にあえて歌う必要もないし。かといって、奇をてらったようなことはしたくない。誰でもわかる、でもちょっと視点が違っていて、響きが色っぽい言葉。例えるなら、手紙を一生懸命書くような感じかな。相手に自分の言いたいことがちゃんと伝わる手紙をかくのって、けっこう大変でしょ。その上で、これまでの自分の曲をどう超えていくのか。毎回、戦いだよ」
「歌詞には、ずっと苦しんでいるよ。たった2つ、しかも、目新しくもない単語(「そして僕は、」という単語)を書くのに、一日かかることだってある」
「(「緑の街」について)広義ではこのフェスと結びつくところはあっても、あれは恋愛の歌だし、それをここに持ってくるのは行間があり過ぎるのかな、 という想いもあったから、もう一回、自分でもあの曲を聞き直してみたりもしたんだけどね。 でもさっき、歌う前の櫻井君のMCと、実際に彼が歌っているのを聴いて、“あ-、そういうことねって納得したんだ。 “僕はここで待っているからという歌詞が、来年への想いにもなってるんだなってね。また別の意味合いの歌に聴こえたね」
「もう、ギリギリでヘトヘトだと、“還暦、走るみたいなに言われるんだろうな。 歌いながら走って、その後も別に平気で居れば、歳なんか見てる人は忘れると思うんだよ。 “ところであの人、幾つだっけ?っていう、そこまで頑張れるかどうかじゃないかな」
関連する名言
「私は誰とも争わなかった。争うに値する者などいなかったから。自然を愛し、自然の次に芸術を愛した。人生の火にかざして両手を温めた。その火は今、衰えてゆく。私は旅立つ用意ができている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死が私の上に立ち、耳元で何かをささやく。その奇妙な言葉について私に分かるのは、そこに恐れの言葉など一言もない、ということだけだ。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「滅びたイリオンを越えてヘレネは生き、アルケスティスは黄泉の国から立ち上がる。彼女たちを呼び戻すのは詩であり、死すべき乙女たちに不滅の若さを与えるのも詩である。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「名声の門と墓の門は、同じ楣(まぐさ)の下に並んで立っている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「一枚、また一枚と葉が落ち、一輪、また一輪と花が散る。寒い時節に散るものも、暖かい時節に散るものもある。ひとしく咲き、ひとしく散り、それらを育てた大地がすべてを迎え入れる。大地の賢い子である私たちは、命が尽きたとき、その懐に身を沈めることにもっと満足してよいのではないか。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死は姿こそ見えないが、すぐそばにいて、私の八十歳を惜しんでいる。私はこの最後の歳月をそっくり彼にくれてやってもいい、五十年前に過ぎ去ったあの一年と引き換えに。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「批評家ぶった口がやかましいこの世でささやかれるあらゆる「きまり文句」のなかで、偽善者のそれが最悪かもしれないが、いちばん苦痛なのは批評のきまり文句だ。」
— ローレンス・スターン
「時はあまりに速く過ぎ去る。私が一字を記すたびに、人生がどれほどの速さでペンのあとを追ってくるかを思い知らされる。」
— ローレンス・スターン
「脱線は、まぎれもなく陽光だ。脱線こそ読書の命であり魂である。」
— ローレンス・スターン
「人間の身体と精神は、上着とその裏地のようなものだ。一方をしわくちゃにすれば、もう一方もしわくちゃになる。」
— ローレンス・スターン