「ぼくは9歳の時、脊髄腫瘍で車いすでの生活になりましたが、その前まで野球やバスケットボールをやっていました。実はテニスにはそれほど興味もなく、バスケットボール部だったことと漫画が流行っていて、車いすになってもバスケットボールをしようと思っていたのですが、家の近くにチームがなかったんです。そんなときにテニス好きの母が家の近くで車いすテニスのレッスンをやっていることを見つけてきて、なんとなく行ってみたのが始まりでした」

国枝慎吾の他の名言

「私がプロとしてやり遂げられたら、障がい者スポーツに携わる多くの方々に夢を与えられる。障害を持っている子供たちに『車いすテニスプレーヤーになりたい』と夢を持ってもらえる」
「車いすテニスって面白いと感じてもらいたい。だから、勝つだけでなく、魅せながら勝つテニスをしていきたい」
「テニス一本で生活するのは厳しい道と覚悟している」
「北京での金メダル以来、テレビで大きく取り上げられるようになり、車いすテニスがスポーツとして多くの人の目に触れるようになったことで、車いすテニスや障がい者スポーツの普及と発展のため、プロ転向を決意した」
「賞金の差以上に、一般のテニス人口と車いすテニス人口の差もすごいですし、しょうがないかなと思います。Gスラムに車いすテニスが入り出したのも最近ですし。歴史は浅いですからね。賞金に関しては、徐々に増えていけばと思っています」
「家に帰ると妻がいるので(当たり前ですが)、それがなんとなく不思議な感じ」
「一球に全力をこめる」
「やはり毎日の練習は自分を支えてくれる糧ですね。あれだけ頑張って練習してきたじゃないか!絶対に勝つ」
「チャンピオン、金メダリストとしての存在感を磨きながら、あえて挑戦者でいることが必要かなと思います。守りに入るのが一番危ないので、自分自身に対しても挑戦者であること。その意識を大切にしていきたいと思っています」
「壁にぶち当たったり、一進一退を繰り返したときも『絶対に乗り越えられる!』と自分を信じれば、いい方向に行けると思うんです」

関連する名言

「よい着想は、疲れた頭には決して訪れなかった。机に向かっているときにも訪れなかった。」

— ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ

「問題を、そのあらゆる曲がり角や入り組みを頭の中で見渡せるようになるまで、あれこれと何度もひっくり返してみた。そうしてはじめて、よい着想は訪れた。」

— ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ

「よい着想は、晴れた日に森の山をゆっくりと登っているとき、よく訪れた。」

— ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ

「私は、道を知らぬまま、ゆっくりと苦労しながら登っていく登山家に、自分をなぞらえずにはいられなかった。」

— ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ

「着想が訪れないとき、私は何週間も、何か月も、そうした問題に食らいついて離れなかった。」

— ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ

「お茶は、生まれつき神経の粗い人々や、ワインの飲み過ぎで粗くなった人々、つまりこれほど洗練された刺激に感じ入らない人々からは嘲笑されるが、それでも知的な人々にとって常に愛される飲み物であり続けるだろう。」

— トマス・ド・クインシー

「あなただけが、こうした贈り物を人に与える。そしてあなたは楽園の鍵を握っている。ああ、正しく、微妙で、力強きアヘンよ。」

— トマス・ド・クインシー

「ここに万能薬があった。人間のあらゆる苦しみに効く薬が。哲学者たちが幾世紀も論じ続けてきた幸福の秘密が、ついに見つかったのだ。幸福は一ペニーで買え、チョッキのポケットに入れて持ち運べる。」

— トマス・ド・クインシー

「永遠の別れ!——そして再び、またもう一度、こだまのように響いた。永遠の別れ、と。」

— トマス・ド・クインシー

「雄弁なるアヘンよ。あなたはその力強い修辞で、怒りの企てを盗み去ってしまう。」

— トマス・ド・クインシー

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