「先代が大関で終わったというのは、私のハングリー精神ではありましたね。それに、私には他の力士と違って、相撲をやめても帰る場所がなかったんです。ここが実家でしたから(笑)。だから、5年経って十両になれなかったら、親元を離れて生活しようとけじめをもってやっていました。やっぱり、師匠の息子が強くなれなかったら、師匠としてもかっこわるいですし」
貴乃花光司の他の名言
「いわゆる長屋文化でいう近所付き合いが地域の方々との交流です。特に、地方場所では地域の方々が自由に朝稽古を見学に来ますし、地元のイベントにも積極的に参加しています。そういう今の日本に失われているものが相撲にはたくさんあるんです」
「今の日本は核家族化が進んでいますが、相撲部屋には昔ながらの大家族が根づいています。後援会の方々が祖父母、師匠と女将(おかみ)が両親、兄弟子と弟弟子が兄弟です。よくできてますよ」
「人間は絶対に負けられないときって、勝負しようとすると負けちゃうんですよ。体も動かないし・・・・。だから、本当に負けられないときっていうのは、自分の人生をかけて、その場に居座ることが大切なんですよね」
「けっこう見落としがちなんですが、実は食べる順番も大事なんですね。まずは、ちゃんこの温かい汁を飲んで五臓六腑(ごぞうろっぷ)に染み渡らせるんです。そうしないと、なかなか食べ物が効率よく吸収されないんですね。私は食べることも稽古だと思っていますから食育も大切なんです」
「給料がもらえるのも十両からだし、化粧まわしが作れるのもそう。人生が大逆転しますからね。昔、貧乏人が大富豪になる『大逆転』っていう映画がありましたが、まさにあんな感じ(笑)。とにかくメジャーに上がれるか、マイナーのままかという攻防戦ですから、みんな死に物狂いですよ」
「相撲って、基本的に頭から全力でぶつかり合うんですね。しかも、デカい体同士が裸でぶつかり合うんです。こんな競技なんて、相撲以外にないんですよ」
「まずは周りの話をよく聞いて、自分で吟味し、そしてそこから答えを出したなら、それについての意見は一切気にしないようにしています。つまり、やると決めたことは最後までやり通すということです。その考えは一貫して変わりません」
「ただでさえ体が大きくて威圧的に見える力士が、道の真ん中を肩で風を切って歩いている姿なんて、私に言わせれば論外です。ほかに歩いている方々の邪魔にならないよう道の端っこを歩くべきです。そしてその姿勢は四股を踏む型どおり、背筋を伸ばした凛とした風体であるべきだと思います」
「兄弟であって、兄弟以上の存在。語らなくても、目が合えば分かる唯一の仲です」
「やはり自分には実感として相撲界は縁の下の力持ちである女性に支えられてきたという思いがあるんです。おかみ業なんていうのはその最たるものです。弟子たちの身の回りの世話、お金の管理、食材の買い出しなど、おかみがいるからこそ男たちは相撲に集中することができます」
関連する名言
「よい着想は、疲れた頭には決して訪れなかった。机に向かっているときにも訪れなかった。」
— ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ
「問題を、そのあらゆる曲がり角や入り組みを頭の中で見渡せるようになるまで、あれこれと何度もひっくり返してみた。そうしてはじめて、よい着想は訪れた。」
— ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ
「よい着想は、晴れた日に森の山をゆっくりと登っているとき、よく訪れた。」
— ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ
「私は、道を知らぬまま、ゆっくりと苦労しながら登っていく登山家に、自分をなぞらえずにはいられなかった。」
— ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ
「着想が訪れないとき、私は何週間も、何か月も、そうした問題に食らいついて離れなかった。」
— ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ
「お茶は、生まれつき神経の粗い人々や、ワインの飲み過ぎで粗くなった人々、つまりこれほど洗練された刺激に感じ入らない人々からは嘲笑されるが、それでも知的な人々にとって常に愛される飲み物であり続けるだろう。」
— トマス・ド・クインシー
「あなただけが、こうした贈り物を人に与える。そしてあなたは楽園の鍵を握っている。ああ、正しく、微妙で、力強きアヘンよ。」
— トマス・ド・クインシー
「ここに万能薬があった。人間のあらゆる苦しみに効く薬が。哲学者たちが幾世紀も論じ続けてきた幸福の秘密が、ついに見つかったのだ。幸福は一ペニーで買え、チョッキのポケットに入れて持ち運べる。」
— トマス・ド・クインシー
「永遠の別れ!——そして再び、またもう一度、こだまのように響いた。永遠の別れ、と。」
— トマス・ド・クインシー
「雄弁なるアヘンよ。あなたはその力強い修辞で、怒りの企てを盗み去ってしまう。」
— トマス・ド・クインシー