「(明治40年の日露戦争後株式大暴落直前に鴻池銀行へ多額の融資を申し込んだ時の言葉)私が命を賭けて考へたことだから、決して間違ふ筈はない」
野村徳七(2代目)の他の名言
「決断、実行したあとは笑って遊べ」
「会うたびに目新しいことを言う人は人当たりがよくて人気者になるが、それは確固たる一つの信念を持っていないことの証拠だ。信頼し得る人物ではない。人に好かれることと信頼されることとは別物だ」
「我々証券業者は、我々の商品を充分認識せんとあかん。目前に現れる日々の強弱関係、大手筋の動きに操られ売買に憂き身をやつすと、世間から株屋だの相場師と言われる。証券会社は博打場ではなく、企業商社との間に立つ紳士的金融機関」
「必要な猛進はやらねばならぬ」
「もとより1本の電話と1台の自転車で20歳未満の青二才が、どうかけずり回しても、そう大した注文をしてくれるはずもありません。しかし私はめぼしい当時の大阪の資産家の門を恥じることなく叩きました。毎日、根気よく相場表を持って回り続けました。中には追い出すようにして断られた家も足ります。なかなかこちらもそんなことでは凹みません。半年、1年と注文を聞きに行きましたけど、石の上にも3年ということわざをたのしみにあくまで頑張り続けました。これはあとになりまして、大変立派に実ることができました。辛抱は金であると昔の人は良いことを言っております」
「(料亭(花外楼)の女将から自作の絵を所望され、自分自身で風呂敷に包んだ作品を玄関から届けず花外楼の勝手口から入り届けた時の言葉)えらい遅うなって済まんことやけどどうやら書けたんで持って来ました。使いの者に持たせたのでは血が通よわんよって、どうや、気に入ってもらえるやろか」
「株屋といふものは大体十回売って一回買えば宜し、唯その一回の買いを何時どこで敢行するかが、難しい点である」
「(投資家信託を手がけた際に役員会で全員が反対した時の言葉)新しい事業はみんなが賛成してはうまくいかない。少なくとも、八割が反対するくらいの事業に価値がある。もし、元本保証ということがひっかかるのなら、私財を投じて保証する」
「各部各係は各々責任を以て事に當り、幹部は身を以て之を率い、店主の統制下に協力一致打って一団と成り」
「凡ての證券に就いて、その本質に就いての研究を科学的になすべき責任がある」
関連する名言
「変えたのは私達じゃないよ。一人一人の選択が、この世界を変えたんだ。」
— ハンジ・ゾエ
「私にも…生き返らせたい人がいる、何百人も…。辛い…辛いよ。わかってる。…それでも、前に進まなきゃいけない…。」
— ハンジ・ゾエ
「あぁ…いつのまにか忘れてたよ…。こんなの…初めて壁の外に出た時以来の感覚だ…。怖いなぁ…。」
— ハンジ・ゾエ
「だから…会いに行こう。わからないものがあれば理解しに行けばいい。それが、調査兵団だろ?」
— ハンジ・ゾエ
「何言ってんの?調査兵団は未だ負けたことしかないんだよ?」
— ハンジ・ゾエ
「エレン…わからないことがあったら、わかればいい…。自分らの命を懸ける価値は十分ある。」
— ハンジ・ゾエ
「ねぇ…リヴァイ、みんな見てるかな?今の私達を死んだ仲間に誇れるかな…。」
— ハンジ・ゾエ
「人間の眼は、歴史を学ぶことではじめて開くものである。」
— 半藤一利
「戦争は国家を豹変させる。歴史を学ぶ意味はそこにある。」
— 半藤一利
「戦争によって人間は被害者になるが、同時に傍観者にもなりうるし、加害者になることもある。そこに戦争の恐ろしさがあるのです。」
— 半藤一利