「50年後、さらには何百年後までも(歌舞伎を)残していきたい」
中村獅童の他の名言
「実現させるエネルギーをしっかりと蓄えて、いつかそれを爆発させる力を持つこと。えらそうなことはいえませんが情熱を持つことを忘れないでもらいたいと思います」
「趣味でもなんでもいいと思いますが、好きなことって子どものころから変わらないと思うんです。1つのことを続けることはとてもすてきなことだと思います。あきらめずに夢を持って追いかけてください」
「とにかく充実した時間を過ごしたいですね」
「気持ちは20代も30代も40代も変わらないですけど、自分がこれまで経験してきたものを土台に、歌舞伎においても40代のうちに新たなチャレンジをしてみたいと思っています。それが新作という形になるかはわからないですけれど」
「『毛抜』や『鳴神』のように「ザ・歌舞伎」といえる歌舞伎十八番ものがあり、『供奴』『連獅子』という舞踊があり、『瞼の母』『権三と助十』という「書き物」の世話物があり。歌舞伎のさまざまなジャンルの演目を楽しんでいただけるんじゃないかな、と」
「『権三と助十』は今回の演目の中でも、実は一番難しいかもしれないですね。でも、みんなで力を合わせて、活気あるいい舞台にしたいと思っています」
「『瞼の母』にしても、長谷川伸先生ならではの「謳って」言わなきゃいけない台詞があるんです。そこをスラスラ〜っと流して言ってしまったら、長谷川伸先生特有の言い回しの味わいがなくなってしまいます」
「時代物の経験をきちんと積んでおかないと、さっきもお話ししたように「歌舞伎味がないね」と言われてしまう」
「これから稽古しながらみんなと相談することも出て来ると思いますけど、お兄さんがおっしゃったことをしっかり肝に命じてさせていただきたいと思っています」
「実は(坂東)三津五郎のお兄さんが病気療養の発表をされる前の日に、全然知らずにご相談にお伺いしたんです。お兄さんは権三も助十も両方おやりになっているし、芝居のこともよくおわかりになってらっしゃるから」
関連する名言
「私は誰とも争わなかった。争うに値する者などいなかったから。自然を愛し、自然の次に芸術を愛した。人生の火にかざして両手を温めた。その火は今、衰えてゆく。私は旅立つ用意ができている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死が私の上に立ち、耳元で何かをささやく。その奇妙な言葉について私に分かるのは、そこに恐れの言葉など一言もない、ということだけだ。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「滅びたイリオンを越えてヘレネは生き、アルケスティスは黄泉の国から立ち上がる。彼女たちを呼び戻すのは詩であり、死すべき乙女たちに不滅の若さを与えるのも詩である。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「名声の門と墓の門は、同じ楣(まぐさ)の下に並んで立っている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「一枚、また一枚と葉が落ち、一輪、また一輪と花が散る。寒い時節に散るものも、暖かい時節に散るものもある。ひとしく咲き、ひとしく散り、それらを育てた大地がすべてを迎え入れる。大地の賢い子である私たちは、命が尽きたとき、その懐に身を沈めることにもっと満足してよいのではないか。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死は姿こそ見えないが、すぐそばにいて、私の八十歳を惜しんでいる。私はこの最後の歳月をそっくり彼にくれてやってもいい、五十年前に過ぎ去ったあの一年と引き換えに。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「批評家ぶった口がやかましいこの世でささやかれるあらゆる「きまり文句」のなかで、偽善者のそれが最悪かもしれないが、いちばん苦痛なのは批評のきまり文句だ。」
— ローレンス・スターン
「時はあまりに速く過ぎ去る。私が一字を記すたびに、人生がどれほどの速さでペンのあとを追ってくるかを思い知らされる。」
— ローレンス・スターン
「脱線は、まぎれもなく陽光だ。脱線こそ読書の命であり魂である。」
— ローレンス・スターン
「人間の身体と精神は、上着とその裏地のようなものだ。一方をしわくちゃにすれば、もう一方もしわくちゃになる。」
— ローレンス・スターン


