「中小企業で仕事をする ということは、その目的がサラリーマンになることではない。将来独立自営の主になるのが目的なので、仕事はその見習いが主になる」
小林一三の他の名言
「お金がないから何もできないという人はお金があっても何もできない」
「便利な場所なら、のれんがなくても乗客は集まるはず」
「(『逸翁自叙伝』より)人力車の勇ましい音に驚いて、私は振返って見た。車上の人は艶色矯態、満艦飾の舞妓姿である。芝居の舞台と絵画とによって知っている活きた舞妓を初めて見たのである。(中略)もし、大阪から花街を取除けるものとせば、すなわち大阪マイナス花街、イクオール零である、と言い得るほど、花街の勢力は傍若無人であったのである」
「50銭均一にしたのは、大衆によき映画をよき席で安く提供せんがためである。均一料金だから入場券売場も一ヶ所ですむし、案内係も少人数ですむ。また場内も等級による客の区別や整理をしなくてすむから人手が従来の映画館の半分ですむ。人件費が少なくてすむので、それだけ安い入場料でもソロバンは合っていく」
「日劇は大衆相手の経営でなかったらうまくはいかないよ。だから最初からそういった設計にしなくては」
「日劇再建の営業政策 ー 1. 出し物が当ると儲かる、当らないと赤字が出るという今までのやり方はもう過去の劇場経営だ。当らなくても赤字にならない経営体にすべきだ。それには人件費やその他の経費を引きしめることだ。2. 大衆相手の経営にすることだ。したがって入場券売場が各等別に5ヶ所もあるのを一ヶ所にすること。全館をボックス席も含めて50銭均一にすること。3. 館内にある食堂とか喫茶室は、別に外から入れる出入口をつくって、外の客専門の営業にすること。大衆は館内でめしなど食べないし、またその暇もない。せいぜい喫茶室が一ヶ所あればよいだろう。4. 50銭均一ときまったら、一日何千人入るか。一ヶ月の収入はいくらになるか。そのため経費はいくらにすれば採算がとれるか、すぐソロバンがはじける。それによって従業員数も電気代も広告費もきまってくる。それを最初から従業員を何人使わないと運営できないとか考えてしまってはいけない」
「われわれから言へば、京阪神といふものは鉄道省にやつて貰はなくてもよろしい。そんなことは大きにお世話です。われわれがどんなにでもして御覧に入れます」
「我々の社会生活といふものは、自分さへ儲かれば他はどうなってもよいといふものではない。自由競争を基礎とする営利主義経済の組織に於ては、個別的利害の対立は止むを得ないにしても他を冒さずに自分の立つ道があればそれに越したことはなからう。5銭のキャラメルを4銭5厘で売る。それが百貨店である場合には、たとへキャラメルで損をしても、他の商品で儲けることが出来るから埋合せもつくが、それではキャラメル専門の小売店が助からない。・・・斯ういふ事は心ある百貨店の為すべき途でない。百貨店が価格の点で競争する場合はよろしく自分の手で、自分の工夫で、自分の設備で製造した商品に限らるべきである」
「(『第一ホテル』事業のアイデアを出しただけで経営に加わらなかった理由)私はかねがねこのようなホテルを作りたかったのだ。私のアイデアさえ実現できたら誰が経営しても、私はそれでよいのだ」
「(『第一ホテル』へのアイデア)必ずうまくいく。だがサラリーマン以外に客をとろうとして、部屋を豪華にしたり、二人部屋をたくさんつくったら駄目だ。東京に出張してくるサラリーマンだけ狙う。それも冷暖房で外国のホテルに負けないサービスをする。このホテルの経営はプロではいけない。全くの新しい経営法によるホテルなのだから、古い水に染まった人ではいけない。社長も未経験者、ついでに支配人も素人にしたまえ。そうすればきっと成功する」
関連する名言
「私は誰とも争わなかった。争うに値する者などいなかったから。自然を愛し、自然の次に芸術を愛した。人生の火にかざして両手を温めた。その火は今、衰えてゆく。私は旅立つ用意ができている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死が私の上に立ち、耳元で何かをささやく。その奇妙な言葉について私に分かるのは、そこに恐れの言葉など一言もない、ということだけだ。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「滅びたイリオンを越えてヘレネは生き、アルケスティスは黄泉の国から立ち上がる。彼女たちを呼び戻すのは詩であり、死すべき乙女たちに不滅の若さを与えるのも詩である。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「名声の門と墓の門は、同じ楣(まぐさ)の下に並んで立っている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「一枚、また一枚と葉が落ち、一輪、また一輪と花が散る。寒い時節に散るものも、暖かい時節に散るものもある。ひとしく咲き、ひとしく散り、それらを育てた大地がすべてを迎え入れる。大地の賢い子である私たちは、命が尽きたとき、その懐に身を沈めることにもっと満足してよいのではないか。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死は姿こそ見えないが、すぐそばにいて、私の八十歳を惜しんでいる。私はこの最後の歳月をそっくり彼にくれてやってもいい、五十年前に過ぎ去ったあの一年と引き換えに。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「批評家ぶった口がやかましいこの世でささやかれるあらゆる「きまり文句」のなかで、偽善者のそれが最悪かもしれないが、いちばん苦痛なのは批評のきまり文句だ。」
— ローレンス・スターン
「時はあまりに速く過ぎ去る。私が一字を記すたびに、人生がどれほどの速さでペンのあとを追ってくるかを思い知らされる。」
— ローレンス・スターン
「脱線は、まぎれもなく陽光だ。脱線こそ読書の命であり魂である。」
— ローレンス・スターン
「人間の身体と精神は、上着とその裏地のようなものだ。一方をしわくちゃにすれば、もう一方もしわくちゃになる。」
— ローレンス・スターン