「意味のある日、無駄な日があるのではない。この一日、またこの一日、毎日毎日が高価なのである」
ヤスパースの他の名言
「我々は結局のところ、かつてないほど依存し合っている個人個人にすぎませんが、同時に根源としての我々自身に投げ戻されています。めいめいが自己に投げ戻されているのです。 肝心なのは自分だということをめいめいが知らなければなりません」
「次の戦争を確信する者は、他ならぬその確信によって戦争の発生を促すことに協力しているのだ。平和を確信する者は、のんびりしているうちに知らず知らず戦争に巻き込まれてしまう。ただ危険を見、一瞬もそれを忘れない者のみが、理性的に振る舞い、その危険を追い払うために可能なことを果たすことができるのである」
「平和は自由によってのみ、自由は真実によってのみ、可能である」
「世界の平和は各国内の平和から始まるのである。指導権をめぐる内政的、精神的な争いから、場合によっては暴力を用いかねないような平和破壊のものの考え方を消し去らねばならない。内政に平和の破壊があったのでは、外政における平和を可能にできるはずがない」
「真実と自由は、虚偽と暴力のように堅く結び合っている。真実さのみが自由な世界を一つに結ぶ。真実さがなければ、自由な世界も消失する。自由と虚偽は互いに排斥し合う。自由な世界のみが平和になることができる。自由な世界は、虚偽を虚偽で打ち負かそうとする無駄な争いを捨てる。不真実はいずれも、全体主義への道をたどる一歩である」
「不真実は本来的に悪であり、あらゆる平和の破壊者である」
「過去というものは、人間がいかなる態度をとるべきかを教える力がない。そのことは、人間が自分の回想する過去の光の中で覚醒し、自分自身で決断しなければならないことを意味する」
「人間への信仰は、人間の存在を可能ならしめる神性への信仰を前提としている」
「犠牲は、超時間的な、超感覚的な、無制限なものと結びついている。それは、たとえ「無駄」であろうと、「無意味」ではない。犠牲は、すべての人間的な事象を超えた神秘を啓示するものである」
「人が悪くなくなればいいのにという。そして、何々が悪だと決めつける。けれども、そうだろうか。悪は必ず存在する。なぜならば、私たちに自由があるからだ。この自由があるから、同時に悪は存在し得るのだ。自由がないのならば、そこは単に平坦な世界であり、善も悪も存在し得ないことになる。しかし今、悪があるからといって、悪いものがあるわけではない。もし、悪があるというのなら、それは私たちの意志なのだ。私たちの意志こそ悪であり得るのだ」
関連する名言
「あいつにとって代わってやろう。」
— 項羽
「文字など、自分の名前が書ければ十分だ。剣も一人を相手にするだけで学ぶに足りない。学ぶなら万人を相手にする術を学びたい。」
— 項羽
「天が私を滅ぼすのだ。どうして渡る必要があろうか。」
— 項羽
「天が私を滅ぼすのであって、戦の罪ではない。」
— 項羽
「富貴になって故郷に帰らないのは、錦を着て夜道を行くようなものだ。誰がそれを知ってくれようか。」
— 項羽
「たとえ江東の父兄が哀れんで私を王にしてくれたとしても、どの面下げて彼らに会えようか。」
— 項羽
「聞けば漢は我が首に千金と万戸の邑を懸けているという。お前に恩をくれてやろう。」
— 項羽
「力は山を抜き、気は世を蓋う。時に利あらず、騅逝かず。」
— 項羽
「君主たる者の道は、まず民を養うことを第一に考えなければならない。」
— 李世民
「民を損なって自分の身を養うのは、自分の股の肉を割いて腹を満たすようなもので、腹が満ちても身は滅びる。」
— 李世民
