「企業家を悪徳利得家に変ずることは、資本主義に打撃を加えることになるであろう。なぜなら、それは、不平等な報酬の永続を許容する心理的均衡を破壊してしまうからである」
ジョン・メイナード・ケインズの他の名言
「生きるために働く必要がなくなったとき、人は人生の目的を真剣に考えなければならなくなる」
「世界は、私的利害と社会的利害が常に一致するように天上から統治されているわけではない」
「我々はいかに善を為すかより、いかに善であるかの方が要義である」
「際立った点を挙げるなら、将来の利回りを推定する際の基礎になる知識がきわめてあやふやである。何年か後の投資利回りを左右する要因に関しては、通常、知識がきわめて少なく、無視できるほどであることも多い」
「プロ投資家にとって問題なのは全投資期間に渡る利回りについてのベストの予測ではなく、一般投資家より一歩でも早く価格形成の変化を先取りすることである。彼らは長期保有のための評価ではなく、3ヶ月ないし12ヶ月先に投資家心理が市場に与える影響に関心がある」
「世の中の大多数の人は、常識どおりに動いて失敗するほうが、常識に反して成功するよりましだと考えている」
「経済学者や政治理論家の思想は、正しい場合にも間違っている場合にも、一般に考えているより、はるかに強力である。世界を支配しているのは、思想以外にないと言えるほどである。自分は現実的であって、どのような思想からも影響を受けていないと信じているものも、いまは亡き経済学者の奴隷であるのが普通だ。権力の座にあり、天の声を聴くと称する狂人も、それ以前に書かれた学者の悪文から、錯乱した思想を導き出している」
「投機家は企業活動の着実な流れに浮かぶ泡沫であれば、害にはならないだろう。しかし、企業活動が投機の渦巻きに浮かぶ泡沫になれば、深刻な事態になる。一国の資本の発展がカジノの活動の副産物になった時、資本を発展させる仕事はうまくいかない可能性が高い」
「アメリカ人には、金融以外の分野ですら、「平均的な意見に関する平均的な意見」を見つけ出すことに意味もなく関心を持つ傾向がある」
「今日我々になしうることのすべては、我々の力の及ぶかぎり、当面のいろいろな出来事の背後にある基本的な経済的傾向の方向を変換し、その傾向が我々をさらに深い不幸へと導くのではなく、繁栄と秩序の再建を促進するようにすることだけ」
関連する名言
「私は誰とも争わなかった。争うに値する者などいなかったから。自然を愛し、自然の次に芸術を愛した。人生の火にかざして両手を温めた。その火は今、衰えてゆく。私は旅立つ用意ができている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死が私の上に立ち、耳元で何かをささやく。その奇妙な言葉について私に分かるのは、そこに恐れの言葉など一言もない、ということだけだ。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「滅びたイリオンを越えてヘレネは生き、アルケスティスは黄泉の国から立ち上がる。彼女たちを呼び戻すのは詩であり、死すべき乙女たちに不滅の若さを与えるのも詩である。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「名声の門と墓の門は、同じ楣(まぐさ)の下に並んで立っている。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「一枚、また一枚と葉が落ち、一輪、また一輪と花が散る。寒い時節に散るものも、暖かい時節に散るものもある。ひとしく咲き、ひとしく散り、それらを育てた大地がすべてを迎え入れる。大地の賢い子である私たちは、命が尽きたとき、その懐に身を沈めることにもっと満足してよいのではないか。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「死は姿こそ見えないが、すぐそばにいて、私の八十歳を惜しんでいる。私はこの最後の歳月をそっくり彼にくれてやってもいい、五十年前に過ぎ去ったあの一年と引き換えに。」
— ウォルター・サヴェージ・ランドー
「批評家ぶった口がやかましいこの世でささやかれるあらゆる「きまり文句」のなかで、偽善者のそれが最悪かもしれないが、いちばん苦痛なのは批評のきまり文句だ。」
— ローレンス・スターン
「時はあまりに速く過ぎ去る。私が一字を記すたびに、人生がどれほどの速さでペンのあとを追ってくるかを思い知らされる。」
— ローレンス・スターン
「脱線は、まぎれもなく陽光だ。脱線こそ読書の命であり魂である。」
— ローレンス・スターン
「人間の身体と精神は、上着とその裏地のようなものだ。一方をしわくちゃにすれば、もう一方もしわくちゃになる。」
— ローレンス・スターン