名言大学

貴方が幸せをのぞむのならば、
いつ、
いかなるときでも、
幸せを感ずる心根を枯らしてはいけない。

うれしいときでも 悲しいときでも 自分の人生は そこにある

人とならずして佛(ほとけ)になることはできない。

人が欲求するものが満たされると幸せである、
と思うのは人間の勝手な妄想・幻想である。

救われるということと、
救われた気になるということは、
全く質を異にした事柄なのです。
救われた気になることこそ人間を本当の・・

亡き人を案ずるあなたが亡き人から案じられている

人間は外から罪ということを言われた時、
必ずどこかで自己を究極のところで弁護し弁解し正当性を主張するということがあるので・・

拠り所なくしては 人間は生きていない

出会わねばならない ただひとりの人がいる それは私自身

信じられていないなら 愛されていないなら 尊ばれていないなら 今こうして生きていられる筈(はず)がない

生きるということ、
それはつねに誕生の意味を、
問われ続けることである。

廣瀬杲(ひろせ たかし、1924年6月22日 - 2011年12月30日)は、日本の仏教学者(真宗学)。元大谷大学学長。