名言大学

言い訳はしたくないですね。
痛くても泳ぐことはできたし、
影響はあったかもしれないけどあまりそうは考えていないです

いい泳ぎができていないのでベストパフォーマンスを目指そうと切り替えました

バタフライも200m個人メドレーも世界ランキングトップで乗り込んだ大会でした。
そのため金メダルを意識しすぎていた

自分も輝きたかった

金があるとないでは世界からの評価が変わる

大きな舞台になるほど、
楽しい

同学年にレベルの高い選手がいるのは幸せなことですし、
恵まれた環境だと思います。
切磋琢磨(せっさたくま)してきたことでレベルが上がって、
強い年代になっているし、
自分もそこから外れないようにしたいですね

選考会が4月に終わって、
7月ぐらいまでは練習にも身が入らない感じでした。
本当に何もやる気が起きませんでしたね(笑)

雲の上の存在だった。
何ひとつ勝てなかった。
スタートしてすぐに体半分くらい差をつけられて、
泳ぐごとにどんどん離されていく感じだった

(6歳のときの目標)金メダルを獲りたい!

体がきついときにタイムを出す練習をしてきた。
400では1位を狙う

中学生の頃、
大きな試合でみんなが(アミノ酸を)摂っていたのを見て気になっていました。
最初に摂ったのは、
高校1年生のジュニアパンパシフィック選手権で支給されたときです。
それを取っておいて、
日本選手権やインターハイなど大事な大会で使ってました(笑)

背泳ぎを見直さないといけない

身長も大きいわけではなく、
手足も長くなく、
抵抗のない泳ぎかといえばそんなこともないんですけど、
気持ちの部分の強さは、
自分でも胸を張って言えます

自分のレースをしようと思って最後で(ペースを)上げた。
思い通りできた

自分のレースができた。
100点満点だと思う

ストイックにやっていかないといけないと思っています。
そのためには筋肉の回復がすごく大切だし、
疲労がたまっていくといい練習もできないので、
アミノ酸を摂ることでしっかり疲労をとって、
次の日に臨めるようにしたいですね

もっと、
こつこつ練習をやっていこうと思います。
でなければオリンピックでメダルを獲れない

小さい子に夢を与えられるようなレースをする、
大活躍するイメージをしています。
そのためにも、
来年のリオデジャネイロ五輪は大事になってきますね

日本でオリンピックをやるなんてそうそうないし、
そのとき26歳でちょうどいいんですね。
ついていると思う

2020年の東京五輪が集大成になると思います

大会の中で、
駄目だったスタートからいいところまで自分の気持ちとパフォーマンスを上げることができたのは初めてです。
スキルアップできたし、
もっとパフォーマンスを上げられる、
と自分の可能性を感じましたね

疲労の残り方が違います。
長期戦だったので、
摂っていなかったら400m個人メドレーまで体がもたなかったと思います

試合前にもあらためて摂り方の説明がありましたし、
疲労の具合など自分の状態を伝えると、
それに応じて『じゃあこれをもう一つ』というように、
やりとりもできました

選手一人ひとりに合わせて、
どのように摂取すればよいかのメニューも日別に作成していただき、
分かりやすかったです

大会では、
メーカーのスタッフの方からしっかりサポートしていただきました

特に寝る前に摂ると、
体の中が循環している感じがしますし、
翌日の朝に起きたとき疲れがとれているように思います

練習前や練習後、
寝る前に摂っています。
研修のときなどにどのような効果があるのか、
摂り方などを教わりました

(世界記録は)ラストの自由形が速いのは知っていたので頑張って粘ったのですが、
ラスト50メートルのところで世界新から遅れてしまいました

決勝は前半から積極的にいったら、
平泳ぎの時点で歓声がすごくて、
公介(萩野、
東洋大)との差もすごく大きかったのでこれは世界新ペースだなと気づきました

予選からしっかりいいイメージで泳いで、
自分の目標タイムぐらいでこられたので、
アドレナリンが出せれば世界新記録くらいまでいけるかなと思っていました

だんだん自分の流れになってきたので「これはきた」と思って、
そこからは怖いものがありませんでした

ワールドカップ(FINAワールドカップ2014ドーハ大会)でも同じ会場を使っていて、
結構縁起がいい、
相性のいいプールだったので、
いいイメージで調整をしていたらどんどん調子も上がってきて、
平泳ぎのキックもかかってきて

最初のレースが4個メ(400メートル個人メドレー)で2連覇が懸っていて、
自分の考えでは毎回の試合で一発目のレースがすごく大切なので予選から気合を入れていきました

一番上は気持ちいいですね

最後は(プールから)上がれなくなるくらいスパートをかけられた。
自分を信じることしかないと思ったので、
とにかく決勝前は絶対できると思って、
自分を信じて戦い抜いたら結果が出たので、
すごくホッとしています

うれしいです。
この試合は本当に苦しくて、
あまりいいイメージができず、
正直ダメだなと思ったんですけど、
いつもポジティブに言葉を発して、
一発にかけてやろうと

自分を信じるしかなかった。
自分を信じて戦い抜いて結果が出たのでよかったです

プールから上がれなくなるくらいまで、
頑張りたい

ワセジョに負けたら恥ずかしい

本当にきつい戦いだった。
2連覇できると思って自分を信じた

夢である五輪の内定もできてすごいうれしい

『またライブ行きたいな』っていうのと『また頑張ったら会えるかな』っていうのはあるんですけど、
そういう欲を全部消してやらないとダメですね。
いいパフォーマンスできない。
結果は後からついてくる

2連覇というのはやっぱり自信になりました

あとは自分を信じることしかないと思ったので、
自分を信じて戦い抜いたら結果が出た

(ワールドカップ)東京大会でも世界短水路に向けてのレース展開をしようと思っていて、
前半から積極的にいきました

でも2コースになったときは自分のレースをしろということだなと思ったりとか、
いろいろ考え方は変えられるので、
本当にポジティブに考えられていたことがアドレナリンを出せたことにつながったのかなと思います

真ん中の方が全体を見られるというのもあるのですが、
真ん中の方がかっこいいですよね(笑)

自分の流れはつくれていたので、
本当に怖いものはなかったというか、
世界水泳(2013年世界選手権バルセロナ大会)みたいな感じですごく居心地が良かった感じなのでこうやってタイムが出たんじゃないかなと思います

できれば真ん中の方で泳ぎたかったのですが、
決勝は自分のレースをすればいいやと切り替えました

瀬戸 大也(せと だいや、1994年5月24日 - )は、日本の競泳選手である。埼玉県入間郡毛呂山町出身。2020年9月末まで全日本空輸に所属していた。