名言大学

梅の花 壱輪咲いても 梅は梅

我、
将来武人となりて、
名を天下に挙げん

しれば迷ひしなければ迷はぬ恋の道

よしや身は蝦夷が島辺に朽ちぬとも魂は東(あずま)の君やまもらむ

我この柵にありて、
退く者を斬る!

未来だけは、
いやにはっきりとした姿で、
私の眼の前にある

さしむかふ こころは清き 水かがみ

春の草 五色までは 覚えけり

我が兵は限り有るも、
官軍は限りなし。
一旦の勝ち有りと雖(いえど)も、
その終には必ず敗れんこと、
鄙夫(ひふ)すらこれを知れり。
然るに吾れ任ぜられて、......

鉾とりて月見るごとにおもふ哉 あすはかばねの上に照かと

よいか、
人を斬る剣は所詮は度胸である。
剣技はつまるところ、
面の斬撃と、
突き以外にない。
習い覚えた区々たる剣技の末梢を忘れることだ

皆、
自分の道をゆこう

喧嘩ってのは、
おっぱじめるとき、
すでに我が命ァない、
と思うことだ。
死んだと思いこむことだ。
そうすれば勝つ

目的は単純であるべきである。
思想は単純であるべきである

(近藤勇に向かって)あんたは総師だ。
生身の人間だと思っては困る。
奢らず、
乱れず、
天下の武士の鑑であってもらいたい

男の一生は、
美しさを創る為のものだ。
俺はそう信じている

世に生き飽きた者だけ、
ついて来い

一日過ぎると、
その一日を忘れるようにしている。
過去はもう私にとって何の意味もない

昨日の夕陽が、
きょうも見られるというぐあいに人の世はできないものらしい

勝てるか勝てないか、
やってみなければわからないよ。
おらァもう、
勝敗は考えない。
ただ命のある限り戦う。
どうやらおれのおもしろい生涯が、......

土方 歳三(ひじかた としぞう、天保6年5月5日〈1835年5月31日〉- 明治2年5月11日〈1869年6月20日〉)は、幕末期の幕臣、新選組副長。蝦夷島政府陸軍奉行並。 諱は義豊、雅号は豊玉、家紋は左三つ巴。