名言大学

どんなことにも、
限界を定めることなんてできません。
夢見れば夢見るほど、
得るものがあるでしょう

水から出る時に『やるべきことは全て達成した』、
そう言って終わりたいんだ

確かに、
あの時はきつかったけど、
自分にとって正しいことをやっていたと思うんだ。
自分のキャリアを考え直すためにも必要な時間だった。
我慢の時期だったんだと思う

北京五輪からの2年半くらいはただ泳いでいただけで、
全然楽しくなかった。
速く泳ぐことも、
いい感じで泳ぐこともできなかったし

やっぱりもう一度、
五輪に行きたい。
本当は北京が終わった瞬間から、
ロンドン五輪への出場を願っていた。
泳ぐのが楽しいと感じ始めたのは1年くらい前からかな。
水泳への情熱と愛情が戻ってきたんだ

ロンドンまで4年間泳ぎ続けても、
北京以上の感動を味わうことは絶対にないと思った。
だったら水泳以外に情熱を注げる何かを見つける方がいいんじゃないかと考えたんだ

(北京五輪の競技3日目の4×100mフリーリレーについて)今までの水泳人生で、
最高のレースの一つだよ

(北京五輪について)すべてがパーフェクトだった

ずっと目標にしてきたことを達成して、
その後、
どうしたらいいのか分からなくなっていた

ゴールまで25メートルのあたりから、
もう笑みがこぼれ始めていた

若い時のように簡単にリカバリーできない

家族の誇りであり続けなければならないプレッシャーや相談する相手もいなかった。
またお金目当てで近づいてくる人たちに疲れてアルコール依存に陥った

自分は金メダルにふさわしくなかった

そのときが来たら、
速く泳げることを確信していた

何度も何度もレースに出る中で、
ここまで良い感覚だったのは2008年以来だと思う

素晴らしい土台になると思う。
五輪に向けての準備段階で、
長らく戻ってこなかった感覚だ

どこかの時点で自己ベストを出したい。
そうなれば最高だ。
2009年からなかなかベストが出ていないから、
来年ベストを出したいな

(「サタデー・ナイト・ライブ」出演にあたり)オリンピックのときよりも緊張してる!でも、
ボクは友だちの間では結構シニカルなユーモアがあるヤツとして名が通っているんだよ

いい感じで100Mをフィニッシュしました。
フリースタイルのストロークはまだ納得いくものではなく、
不満が残ります。
前半は全くよくなかったですが、
まだ私は死んでいません。
最後の10Mはとてもよかったと思います

最も重要なのは、
誰かに君はダメだと言われた時、
一心にやればすべて実現可能だということ

レースの時は(放尿)しない

みんなプールの中で放尿してる。
水泳選手にとってはノーマルなこと。
2時間もプールにいて、
するために、
わざわざ出たりしない

夢が叶った。
完璧な終わり方だった

私の成功は並大抵のものではありません。
目標を設定し、
到達できると信じてきたし、
たどり着くまで諦める事もなかった

マイケル・フレッド・フェルプス(Michael Fred Phelps, 1985年6月30日 - )は、アメリカ合衆国メリーランド州ボルティモア出身の競泳選手。身長193センチ。体重91キロ。