名言大学

自分ががんになっている体験で言うと、
仮に検診で見つかるのが遅かったり、
病状が進んだりしても、
それで人生終わりというわけではないと。
ちょっと種類の違う人生が続くだけのことなんですね

進行がん、
難治がん、
再発・転移がんの場合などはとくに、
「告白」「闘病」といった言葉に装飾されつつ、
こちらとあちらに境界線がきっぱりと引かれてしまうけれど、
自分の体験からすると、......

どれだけ治療が順調で、
家族に寄り添われて、
友人や仕事仲間に励まされても、
孤独からは絶対に逃れられない。
病状が進めばさらに深まる。
孤独は克服できないけど、......

発言する際は視聴者にとって、
意外性があることに気を付けています

「五感に訴える表現を使え」と部下によく言っています

量や数を表す場合、
ただ「多かった」と書いたり言ったりするのでは、
相手はビジュアライズできません。
そうではなく、
「○○万○千人いた」「○○パーセントです」などと、
具体的な数字を出すと相手への説得力も増します

本や雑誌、
インターネットで目にした言葉、
人との会話で得た言葉を自分なりに解釈して自分の中に蓄えておくことが重要です

言葉に対する感覚を研ぎ澄まし、
表現力を高めることは十分に可能です。
私が勧める方法は、
詩を読むことです。
詩は優れた言葉の宝庫といえます。

テレビ番組に出るとき、
一番考えているのは、
私が出ている番組を観ている人に、
いかにしてプラスになることを伝えられるかということです

オバマ大統領の演説は、
聴衆の記憶に残りそうな部分から話を組み立てるといわれます。
一般的に、
10分間話をしても、
聞いている人は10分の1程度しか頭に残らないといいますから、
聴衆の心をつかむ事柄を優先させているともいえます。......

事前に調べるだけ調べて、
インプットを完全にして、
その上でそれをいったん捨て去り、
現場に臨むと、
核になる部分だけが残って、
本当に伝えたいことを伝えられるようになります

仮にひとつの問題しか思いつかなくても、
ほかのも問題はないか、
何か違った視点はないかと日ごろから考える癖をつけるといいでしょう

自分の頭で考え、
自分の言葉で表現してこそ、
その人のオリジナリティになり得て、
相手の心にも届くのです

パッション、
執念が重要です。
何かしらの企画を提案した場合、
一度や二度認められなくても手を変え品を変え、
二度、
三度とアタックしてみる。......

どうしても出たいんです。
それが自分の生きざまです

病気になったせいもあって、
口には出さないけど、
頭の中では、
1日2回ぐらい愛していると言っていて、
口に出して、
私はそうでもないと言われたらショックだから言わない。......

「投票率が低い」イコール「政治に無関心」ということではないと思いますよ

(北朝鮮は)何度核実験をやろうが、
(ミサイルを)発射しようが必ず何らかの見返りがあるという経験則がある

もちろん、
言いたいことを言うのもコメンテーターの大事な仕事ではある。
言いたいことを言う「権利」もある。
ときには、
番組の流れをぶった切ってでも。
ただし、......

スタジオにいる5人のうち4人が「右」と言ったら、
僕は個人的には「右かな」と思っていてもコメントでは「左」と言う

世の中のほとんどすべてのことは白黒に単純化できないグレー

コメンテーターは番組のパーツに過ぎない。
ひとつのニュース番組や情報番組がパッケージとして情報を提供するなかで、
観ている人がニュースについて自分の意見を形成するために必要な視点や知見、
異なる考え、
映像やスタジオでのプレゼンではカバーされない情報などを、
できるだけ数多くの種類、......

がんには恨みも憎しみもわかないが、
がんが離れがたいものとして連れてきてくれる死に対する恐怖からは、
完全には逃れられないから

多くの場合、
治療が身体的、
精神的に非常な苦痛を伴うことも事実だ。
しかし考えてみてみると、
それをすなわち「闘病」と形容するのかは飛躍があるのではないかと僕は思う

裏を返せば、
がんと診断されることは人生の終わりの始まりであり、
そこからの日々は敗北を覚悟しつつわずかな武器で敵に立ち向かうことを意味する、
というパブリックイメージがいかに浸透しているかということだ。
そうしたイメージが増幅される理由の一つがマスコミの報道の仕方や、
センセーショナリズムを好むネットの存在ではないかと思う

国があなたのために何をしてくれるかを問うのではなく、
あなたが予算の範囲で国のために何をなしうるかを問うてほしい

某番組の飲み会で、
酔っ払ったあるスタッフに「竹田さん、
だいじょぶ?
心配したよ。
死相が現れてたからさあ」と言われた。
何てこと言うんだこの野郎と思ったが、......

孤独を認めて、
いちど突き放した上でまた付き合ってほしいという身勝手な思いがある。
自分は最初のうちは怖くて他人にがんであることを打ち明けられなくて、
そのほうが苦痛だと気づくまでに時間がかかった

がんというのは、
必ずしも『襲われて』『闘う』ものではないと思う

竹田 圭吾(たけだ けいご、1964年12月30日 - 2016年1月10日)は、日本のジャーナリスト。2001年から2010年まで『ニューズウィーク日本版』編集長を務めた。