名言大学

(映画作品の禁忌について)女性が抑えていた欲望が制御できなくなった時にどういう風な行動を起こすのっていうのはテーマになっていて

表現の壁を突き破れない、
自分の中で何か自分自身をストップかけてるものがあって、
それを解放する為にはどうしたらいいだろうって悩んでいた

(映画作品は)みんなで作ってるっていう感じが一番大事じゃないですか

監督作品じゃなくてプロデュース作品だったら、
このキャストさんに絶対出ていただきたいっていう人を手当たり次第当たったりしますし、
監督としてですと、
スタッフはこの人とやってみたいなっていう人は自分からメールしたりとか会いに行ったりとかして、
相談しに行くので

役者としてわかりやすい役よりも、
得体の知れないものを演じる方がよりやりがいがある

今しかないものを残したい

自分の可能性なんて全く分からないし、
自分が何者なのかも分からない

私自身は豊かな映画を作り続けていきたい

日本映画の二極化には苛立ちを感じています。
(中略)私はこの境界線を取り払っていきたいですね

いつ映画に見放されるんだろうという恐怖心、
不安感が常にあります。
もちろん、
監督作や主演作が公開されるのはうれしいですが、
同時に怖い。
でも、......

(2015年に交通事故に巻き込まれた際)事故にあった時の感覚や、
入院中の体が動けない時の感覚が、
とても大きな糧になりました

映画って見終わってみんなで議論することもまた楽しみのひとつだと思います

役者が映画をつくってもいいと思うし、
私はいろいろなことに挑戦したい

誰に何を言われても、
雪女は自分で演じてみたかった

観客の方々を信じていますね。
きちんと描けば、
必ず理解してくれるはずだと

作品を作る上で自分に負荷をかけたい

何が正しいのか分からない世界で生きている

人間がどこから生まれてきてどこへ還っていくのかということすらも私たちの想像を遥かに超えているのに、
それを定義しようとするのは愚かにも思えます。
そのように、
自分なりに普段、
現代社会に対してもどかしく思っている部分もこの(雪女)映画で表現したいと思いました

(映画は)1番好きなことなので、
一生しがみついて生きていきたい

監督って自分のイマジネーションを全て画にできる仕事

想像を裏切り、
想像を超えた新しいものを見る瞬間、
私は一番、
生きている幸せを感じます

映画の力を信じている

映画を通して新しい価値観に出会いたい

よくこういう感情的で泣いたり怒ったりする役って難しくなかったですかって聞かれるんですけど、
私は逆に演じながら救われた部分が大きかったです

プロデューサーをやってみて思うのは、
契約書作成などの事務作業に、
資金集めとこんな事までしなきゃいけないのかと(苦笑)

人間には曖昧なままでいることに対する恐怖心がどこかあります。
目に見えないものをあえて見ようとするし、
ジャンルがないものをあえてジャンル分けしたり・・

自分で作る方がよっぽどエネルギーの使い方として正しいんじゃないかって感じて

新しい感覚を得られるようなキャラクターを常に欲している

自分が監督をして自分が女優をしてって、
両方やってる時は、
できるだけ妥協はしたくない

日本の芸能界のシステム自体が待ちの体制でいなきゃいけない。
常に受けの体制でなきゃならないのがどうしても性に合わなくて、
私結構ガツガツ生きたいタイプなんですよ

境界線って人の心が生み出しているもの

(交通事故でできた)傷跡をエネルギーにしないと、
私、
前に進めないなって思ったんですよ

私自身、
マジョリティって存在しないなと思っていて、
むしろ、
みんなマイノリティ

本当に大切なのは、
肉体ではなくて、
魂の部分ですよね

20代の頃はどちらかというと小説ばかり読んでいた