うまくいったときほど、人は少しだけ大きな声になります。成果を出した、評価された、任される仕事が増えた。そんな追い風の中で、気づかないうちに周りの声が耳に入らなくなることがあります。
一方で、「謙虚でいよう」と思うあまり、自分を小さく見せすぎてしまう人もいます。謙虚さとは、本当は何なのか。弱さなのか、強さなのか。
この記事では、老子や孔子から、ニュートン、松下幸之助、イチローまで、古今東西の35の言葉を集めました。成功の後の落とし穴、学び続ける力、人との向き合い方、そして自信とのバランス。読み終えるころには、「頭を下げること」が少し格好よく見えてくるはずです。
実った人ほど、頭を垂れる
「実るほど頭の下がる稲穂かな」
── 作者不明
誰もが知ることわざですが、よく味わうと厳しい言葉でもあります。実のない穂は天を向き、実の詰まった穂は自然と垂れる。頭が下がるのは努力の結果であって、無理に下げるものではないのです。
「真に偉大な人物の第一の試金石は、謙虚さである」
── ジョン・ラスキン(イギリスの批評家・思想家)
才能や実績は、人の大きさを測る物差しにはなっても、器の深さまでは教えてくれません。ラスキンは、偉大さの最初の見分け方を「どれだけ低く構えられるか」に置きました。
「富貴にして驕れば、自らその咎を遺す」
── 老子(古代中国の思想家)
地位や財を得て驕れば、その報いは自分で招くことになります。二千年以上前の警告ですが、組織でも個人でも、成功のあとに崩れていく姿は今も変わりません。
「富貴に驕ってはならない。貧賤を憂えてはならない。ただ知識を磨き、徳を高めて、真の幸福を求めようとすること」
── 渋沢栄一(実業家・「日本資本主義の父」)
多くの企業を興した渋沢は、豊かさにも貧しさにも心を乱されないことを説きました。外側の状況ではなく、知識と徳という「内側の磨き」に軸足を置くところが要点です。
「成功を収めた時、用心しなくてはいけないのは傲慢」
── スティーブ・ジョブズ(Appleの共同創業者)
失敗のときは誰でも慎重になります。本当に危ないのは、うまくいっている最中です。順調な時期にこそ自分を疑う習慣を持てるかどうかが、長く続く人とそうでない人を分けます。
「真の勇気が試されるのは逆境の時ではない。幸運な時どれだけ謙虚でいられるかで試される」
── ヴィクトール・フランクル(精神科医・『夜と霧』の著者)
収容所を生き延びたフランクルが、勇気の試験場を逆境ではなく幸運の中に置いたことは示唆的です。苦しいときに踏ん張る強さより、恵まれたときに驕らない強さのほうが、実は難しいのかもしれません。
「五分の勝ちであれば今後に対して励みの気持ちが生じ、七分の勝ちなら怠り心が生じ、十分つまり完璧に勝ってしまうと、敵を侮り驕りの気持ちが生まれる」
── 武田信玄(戦国時代の武将)
勝ちすぎないことを良しとした戦国大名の知恵です。完勝は気持ちがいい反面、次への備えを鈍らせます。仕事でも勝負事でも、余白を残して終える感覚は参考になります。
「才能は神が授けるもの、ゆえに謙虚であれ。名声は人が与えるもの、ゆえに感謝せよ。慢心は自らが生むもの、ゆえに気をつけよ」
── ジョン・ウッデン(UCLAを率いた伝説のバスケットボール指導者)
才能、名声、慢心という三つを「誰が生むのか」で分けた鮮やかな整理です。慢心だけが自分の中から生まれる、という指摘は、日々のセルフチェックにそのまま使えます。
「概してすべての大きな失敗の奥底には、うぬぼれが潜んでいる」
── ジョン・ラスキン(イギリスの批評家・思想家)
大きな失敗の原因をたどると、技術や運の不足の手前に、「自分は大丈夫」という思い込みが見つかることは少なくありません。うぬぼれは、失敗の入り口に静かに立っています。
知らないことを知る――学び続ける人の謙虚さ
「知らざるを知らずとなすこれ知るなり」
── 孔子(古代中国の思想家)
知らないことを「知らない」と認めることが、本当に知るということだ、という論語の有名な一節です。分かったふりをやめた瞬間から、学びは始まります。
「知りて知らずとするは上なり。知らずして知れりとするは病なり。」
── 老子(古代中国の思想家)
知っていてもなお「まだ知らない」と構えるのが上等で、知らないのに知ったつもりでいるのは病だと老子は言います。孔子の言葉と響き合う、東洋の知恵の核心です。
「学べば学ぶほど、自分がどれだけ無知であるかを思い知らされる。自分の無知に気付けば気付くほど、よりいっそう学びたくなる。」
── アインシュタイン(理論物理学者)
知識が増えるほど、「知らない領域」の輪郭も広がって見えるようになります。無知の自覚は落ち込む理由ではなく、次の学びへの燃料だと教えてくれる言葉です。
「私は、海辺で遊んでいる少年のようである。ときおり、普通のものよりもなめらかな小石やかわいい貝殻を見つけて夢中になっている。真理の大海は、すべてが未発見のまま、目の前に広がっているというのに」
── アイザック・ニュートン(物理学者・数学者)
万有引力を見出した本人が、自分を海辺の少年にたとえました。偉業を成した人ほど、目の前の海の広さが見えているのだと感じさせます。
「もし私が遠くを見渡せたのだとしたら、それは巨人の肩の上に立っていたからです」
── アイザック・ニュートン(物理学者・数学者)
自分の成果は、先人の積み重ねの上にある。この感覚があれば、他人の成果にも敬意を払えますし、「次は自分が誰かの足場になる」という前向きな責任も生まれます。
「自分を判断する場合、いつも、自惚れるより疑心を抱く」
── ルネ・デカルト(フランスの哲学者・数学者)
「我思う、ゆえに我あり」で知られる哲学者は、疑うことを思考の出発点にしました。自分に甘い評価を下しそうになったとき、一度立ち止まる習慣は、成長を守る安全装置になります。
「我以外皆我師」
── 吉川英治(小説家・『宮本武蔵』の作者)
自分以外の人は、みな自分の先生である。老若男女、立場を問わず学べる相手に見えてくると、毎日の出会いの価値が変わります。吉川英治の言葉として広く伝わり、文学碑にも刻まれています。
「未熟ということは大切なんだよ。僕だって未熟。天狗になったらおしまいだよ」
── 池波正太郎(小説家・『鬼平犯科帳』『剣客商売』の作者)
大家となってなお「僕だって未熟」と言い切るところに、書き続けられた理由が見えます。未熟を恥じず、むしろ資源と捉える姿勢は、年齢を問わず持っていたいものです。
低いところに、人は集まる
「江海の能く百谷の王たる所以の者は、其の善く之に下るを以てなり。」
── 老子(古代中国の思想家)
川という川が海に集まるのは、海が低いところにあるからだ、と老子は言います。人を率いる人、人が集まる人は、自分を低く置ける人。リーダー論としても通用する一節です。
「君子は泰にして驕らず、小人は驕りて泰ならず。」
── 孔子(古代中国の思想家)
立派な人は、ゆったりと落ち着いていて驕らない。器の小さい人は、驕っているのに落ち着きがない。余裕と謙虚さは同じところから生まれる、という観察が鋭い言葉です。
「謙虚な人は誰からも好かれる。それなのにどうして謙虚な人になろうとしないのだろうか」
── レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ(ロシアの文豪)
損得で考えても謙虚は得だ、という身も蓋もない指摘が、かえって説得力を持ちます。分かっていてもできないのは、結局のところ自分の見栄が邪魔をするからでしょう。
「トップが謙虚に人の話を聞こうと心がけていれば、部下は自然に心を開き、貴重な知恵や情報を提供してくれるようになります」
── 樋口廣太郎(アサヒビールの元社長・会長)
聞く姿勢の質は、上に立つ人ほど組織の情報量に直結します。部下が口を開くかどうかは、トップの謙虚さの鏡のようなものだと教えてくれます。
「人は、天賦の才を決して私物化してはなりません。むしろ、謙虚になり、集団のためにその才能を使うべきなのです」
── 稲盛和夫(京セラ・KDDI創業者)
才能は自分のものである前に、預かりものだという考え方です。この視点に立つと、才能は自慢するものではなく、周りに還元するものになります。
「ビジネスの世界は先行者たちの努力や苦労の上に築き上げられている。独創的な発想だけで新しいものを作れると考えるのは傲慢以外の何物でもない」
── 藤田晋(サイバーエージェント創業者)
新しいことを始める人ほど、「ゼロから生み出した」と思いがちです。先行者へのリスペクトを忘れない人のほうが、結果的に確かな土台の上で挑戦できます。
「己を自覚すれば、人は謙虚になります。神の言葉を、そのとおりに受け取り、なによりも天国を求めること。この世での私たちの損失は、天国での獲得になるのです」
── マザー・テレサ(修道女・ノーベル平和賞受賞者)
自分の小ささを見つめることが、謙虚さの出発点だと語ります。信仰に根ざした言葉ですが、「自分を過大にも過小にも見ない」という点では、宗教を問わず通じるものがあります。
一流は、現状に満足しない
「一流と呼ばれる人は、常に謙虚でいるものだ。現状に満足することは決してなく、時には自分の存在さえ否定する。新しい自分に出会うために、稽古という基本を日々、積み重ねることが一流への条件である」
── 大鵬幸喜(第48代横綱)
32回の優勝を重ねた大横綱が語る、謙虚さの正体は「現状に満足しないこと」。謙虚は控えめな態度というより、向上心の別名だと分かります。
「どんなに調子がいいときでも、どんなにもてはやされたとしても、常に謙虚であり続けたい。仁義ある野球人の共通点。それは謙虚であるということなのだ」
── 桑田真澄(元プロ野球選手)
好調のときこそ、周りの目や称賛が増えます。その中で自分を見失わない力を、桑田さんは「仁義」と結びつけました。技術の外側にある、プロの条件が見えてきます。
「34歳の現役引退最後のシーズンは、『学び』を求めた。一人ひとりの持ち場で、もし学びたければ、謙虚であれ。全てを知っていると思っている人は、そこで終わりだ。」
── ジネディーヌ・ジダン(元サッカー選手・指導者)
世界の頂点を見たジダンが、キャリアの最後に「学び」を求めたという事実が重みを持ちます。全てを知っていると思った瞬間に成長が止まる、という指摘は誰にとっても当てはまります。
「誠実に謙虚に、そして熱心にやることである」
── 松下幸之助(パナソニック創業者)
飾り気のない、短い言葉です。誠実、謙虚、熱心という三つが揃えば、特別な技術がなくても仕事は前に進む。そう読むと、自分の足りないところが見えてきます。
「能ある鷹は爪を隠す」
── 作者不明
本当に力のある人は、それをひけらかさない。ことわざとして長く残ってきたのは、見せびらかす人ほど中身が薄いという経験則が、広く共有されてきたからでしょう。
「僕は天才ではありません。なぜかというと自分が、どうしてヒットを打てるかを説明できるからです。」
── イチロー(元メジャーリーガー)
結果を出し続けた本人が「天才ではない」と断言し、その根拠に説明できる積み重ねを挙げました。謙遜に見えて、実は努力の自負が裏に潜んでいる、味わい深い言葉です。
謙虚さと自信のあいだで
「謙虚であれ。しかし自信を失うな」
── 鄧小平(中華人民共和国の政治家)
謙虚は自信の欠如ではありません。短い言葉の中に、二つを両立させる難しさと大切さが詰まっています。
「世のすべての人から貶されても落ち込まず、すべての人から褒められてもうぬぼれるな」
── 西郷隆盛(幕末・明治の政治家)
評価に一喜一憂しない芯の強さです。外からの声に振り回されず、自分の物差しで足元を見つめる。これは謙虚さの土台にもなる姿勢です。
「ラジオを続けてきて感謝しているのは、天狗にならずにいられたということ」
── 福山雅治(ミュージシャン・俳優)
スターとして走り続けた人が、ラジオで素の自分に戻れる場があったことに感謝を語ります。天狗にならない環境を、自分でつくることも大切な工夫です。
「謙虚になろうとしてるなら今の自分は果たして謙虚なのか? なってないから人はなろうとする事ができる」
── 為末大(元陸上競技選手)
「謙虚になろう」と意識した時点で、すでに謙虚ではないのかもしれない、という逆説を突いています。完成形ではなく、目指し続ける姿勢そのものが謙虚さなのだと気づかせてくれます。
「たとえ高慢を完全に克服したと思えたとしても、おそらく私は自分の謙遜を誇りに思うだろう。」
── ベンジャミン・フランクリン(アメリカ建国の父・政治家・科学者)
十三の徳目の一つに「謙譲」を掲げたフランクリンが、『自伝』で正直に打ち明けた一文です。謙遜すら誇りの種になるのが人間。だからこそ、謙虚さは完成するものではなく、一生続ける練習なのでしょう。
謙虚さとは、自分を低く見せることではなく、自分の外にある広い世界を認めることなのだと思います。うまくいった日も、うまくいかなかった日も、「まだ知らないことがある」と構えられる人は、静かに強い人です。今日の気持ちにそっと寄り添う一言が、この中にあれば幸いです。