遠い国の戦争の映像を見て胸が痛む一方で、自分の生活は今日も変わらず続いていく。そのあいだにある距離を、どう埋めればいいのか分からないまま、多くの人はニュースを閉じる。何かをしたいのに、何ができるのか分からない。その居心地の悪さは、無力ではなく誠実さの証でもある。
けれど、国と国のあいだで起きていることと、職場や家庭で起きている小さな対立は、意外なほど同じ形をしている。やられたからやり返す。理解されないから声を荒げる。相手を「話の通じない側」に分類する。規模はまるで違っても、構造はよく似ている。
ここに集めたのは、その連鎖をどこで断てるのかを考え抜いた人たちの43の言葉である。戦場を生き延びた者、獄中で27年を過ごした者、自分を撃った相手を憎まないと決めた者。理想論ではなく、痛みの底から出てきた言葉ばかりだ。世界を変える処方箋ではないかもしれないが、今日の自分の反応を一つ変えるヒントにはなる。
平和とは、「戦争がないこと」ではない
平和を「戦争がない状態」と定義した瞬間、私たちは平和について考えることをやめてしまう。まず、その定義を疑うところから始めたい。
「平和とは戦争がない状態をいうのではない。平和な状態とは徳のあることであり、心の安定であり、親切な行為であり、信頼と正義があることである」
── スピノザ(17世紀オランダの哲学者)
スピノザは、平和を「何かが欠けている状態」ではなく「何かが満ちている状態」として捉え直した。砲声が止んでいても、そこに信頼も正義もなければ、それは休戦にすぎない。逆に言えば、私たちは戦火のない場所にいながら、平和をまだ手に入れていない可能性がある。
「平和とは戦争の不在ではない。正義の存在である」
── コフィー・アナン(ガーナ出身の第7代国連事務総長)
紛争調停の最前線に立ち続けた人物が、スピノザと同じ結論に辿り着いているのは示唆的だ。停戦合意を結んでも、不公正が残れば数年後に同じ場所で火が上がる。アナンの言葉は理念ではなく、失敗から学んだ実務の教訓として読むべきだろう。
「真の平和とは、単に緊張がないだけではなく、そこに正義が存在することである」
── キング牧師(アメリカの公民権運動指導者)
キング牧師がこれを語った当時のアメリカ南部は、表面上は「平穏」だった。だが、その平穏は差別される側が声を上げないことによって保たれていた。静けさを平和と呼んでしまえば、声を上げる者のほうが平和の破壊者にされてしまう。この転倒は、今の職場や学校でも起こりうる。
「平和とは暴力がないことではない。対立を、共感と非暴力と創造性をもって扱える力のことだ」
── ヨハン・ガルトゥング(ノルウェーの社会学者、平和学の創始者)
平和学という学問を打ち立てた人物の定義は、平和を「状態」から「能力」へと移す。対立そのものは消せない。消せないものを、殴らずに扱う技術を持っているかどうか。そう考えると、平和は願うものではなく、練習して身につけるものになる。
「平和の対極にあるのは戦争ではない。無関心である。」
── エリ・ヴィーゼル(ルーマニア出身の作家、アウシュヴィッツ生還者)
強制収容所を生き延びた人物がこう言うとき、彼が見ていたのは加害者だけではない。何が起きているかを知りながら目を逸らした無数の人々である。無関心は暴力ではないが、暴力を可能にする。この言葉は、遠くの出来事を前にした私たちにも向けられている。
「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」
── 作者不明(ユネスコ憲章前文、1945年)
第二次世界大戦の終結直後に起草されたこの一文は、戦争の原因を条約や国境ではなく人間の内側に見た。だからユネスコは軍縮機関ではなく教育・科学・文化の機関として生まれた。とりでは一日では建たない。学び続けることそのものが、その工事にあたる。
「平和とは(平凡きわまりない)一日のことだ。」
── 長田弘(日本の詩人)
壮大な定義が並んだあとに、この一行は効く。何も起こらなかった一日、誰も欠けなかった食卓。詩人は、平和を抽象から引きずり下ろして手のひらに乗せた。退屈だと感じられるということ自体が、すでに贈り物なのかもしれない。
暴力は、暴力しか生まない
報復は一見、正しい算術に見える。だが、その計算がどこに着地するかを、多くの人が繰り返し警告してきた。
「暴力は憎しみを増すだけである。憎しみはそのまま残る。暴力に対して暴力を持って報いれば、暴力は増加するだけである」
── キング牧師(アメリカの公民権運動指導者)
暴力で暴力を消そうとすると、総量は減らずに増える。キング牧師は非暴力を道徳ではなく戦略として選んだ人物であり、この言葉も感情論ではない。相手を打ち負かしても憎しみが残るなら、問題は先送りされただけだ。
「暴力は暴力を生むだけだ」
── ジョン・レノン(イギリスのミュージシャン)
同じことを、これ以上ないほど短く言い切っている。短いからこそ、言い訳の入る隙間がない。「今回だけは仕方ない」という例外を、この八文字は認めない。
「暴力は、いつだって暴力しか生まない。昔からずっとそうだったように。」
── アストリッド・リンドグレーン(スウェーデンの児童文学作家)
『長くつ下のピッピ』の作者は、1978年のドイツ書店協会平和賞の受賞スピーチでこう語った。演題は『決して暴力を』。彼女が訴えたのは国家間の戦争だけでなく、家庭で子どもを叩くことも含めた、あらゆる暴力の連鎖だった。平和は大人の会議室ではなく、子ども部屋から始まるという主張である。
「暴力によって得られた勝利は敗北に等しい。それはほんの一瞬しか続かない」
── マハトマ・ガンディー(インド独立運動の指導者)
力でねじ伏せた結論は、力が弱まった瞬間に覆る。だから暴力による勝利は、勝利の形をした先送りにすぎない。議論で相手を黙らせた経験のある人なら、この「一瞬」の感覚に心当たりがあるはずだ。
「暴力が障害物を速やかに一掃してしまうことはある。しかし、暴力そのものが創造的であると証明されたことは一度もない」
── アインシュタイン(ドイツ生まれの理論物理学者)
速さと生産性は別物である、という指摘だ。暴力は確かに早い。だが早く片づいたものは、何も生んでいない。急いで解決したいという誘惑に対する、科学者らしく冷静な反論である。
「暴力とは、無能者にとっての最後の拠り所である」
── アイザック・アシモフ(アメリカのSF作家、生化学者)
手が出るのは、言葉が尽きたからだ。この見方を採れば、暴力は強さの表れではなく、手段の枯渇を告げる信号ということになる。声が大きくなりかけたとき、自分の語彙が尽きただけではないかと点検してみる価値はある。
「暴力の反対は暴力じゃない。優しさだ」
── 北野武(日本の映画監督、コメディアン)
暴力を描き続けてきた映画監督の口から出たからこそ重い。暴力の反対語を「無抵抗」ではなく「優しさ」と置いたところに、この言葉の芯がある。何もしないことではなく、別の何かをすることが対抗手段なのだ。
非暴力という、最も強い武器
非暴力はしばしば「我慢」と混同される。だが実践者たちは、それを消極的な態度ではなく積極的な力として語ってきた。
「非暴力は人間に与えられた最大の武器であり、人間が発明した最強の武器よりも強い力を持つ」
── マハトマ・ガンディー(インド独立運動の指導者)
ガンディーは非暴力を「武器」と呼ぶ。逃げでも諦めでもなく、選び取った戦い方だという宣言である。実際、彼は大英帝国に対してこの武器一本で立ち向かい、独立を勝ち取った。
「非暴力は暴力よりも無限に優れているし、許すことは処罰するより遥かに男らしい」
── マハトマ・ガンディー(インド独立運動の指導者)
罰を与えることには、実のところあまり勇気が要らない。難しいのは、罰する力を持ちながら使わないことだ。ガンディーが「男らしい」という当時の価値観の語彙をあえて使ったのは、非暴力を弱者の選択と見なす風潮への反論でもあった。
「自分とは異なる考え方を受け入れられないのも、暴力の一つの形です。それでは真の民主的精神は、一向に育たない」
── マハトマ・ガンディー(インド独立運動の指導者)
殴らなければ非暴力なのではない。異論を排除すること、相手の言葉を最後まで聞かないこと。それらも暴力の一形態だとすれば、私たちの日常はかなりの量の暴力を含んでいる。SNSのタイムラインを思い浮かべれば、この指摘の射程は広い。
「暴力は嘘なしには存在できず、嘘は暴力なしには維持できない」
── アレクサンドル・ソルジェニーツィン(ロシアの作家、強制収容所経験者)
暴力と嘘は互いに支え合う、という構造分析である。不当な力は必ず正当化の物語を必要とし、その物語は批判されると力で守られる。だからこの循環を断つ手がかりは、殴り返すことではなく、嘘を嘘だと言うことのほうにある。
「すべての暴力は、戦うことなく相手を屈服させることは出来ようが、相手を従順にさせることは出来ない」
── レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ(ロシアの小説家)
屈服と納得は違う。無理やり従わせた相手の心の中では、抵抗が形を変えて生き続ける。トルストイの非暴力思想は後年ガンディーに直接影響を与えており、この一文はその思想の核にあたる。
「自分を撃ったタリバン兵士さえも憎んではいません。私が銃を手にして、彼が私の前に立っていたとしても、私は彼を撃たないでしょう」
── マララ・ユスフザイ(パキスタンの教育活動家、ノーベル平和賞受賞者)
15歳で頭部を撃たれた少女の言葉である。抽象的な平和論ではなく、実際に自分の頭を撃ち抜いた相手を前提にした具体的な決断だ。これを甘さと呼ぶことは、誰にもできない。
憎しみを、どこかで断ち切る
連鎖は自然に止まらない。誰かがどこかで、意図的に止めなければならない。
「生まれたときから、肌の色や育ち、宗教で他人を憎む人などいない。人は憎むことを学ぶのだ。もし憎しみを学べるのなら、愛を教えることもできる。愛は、憎しみに比べ、より自然に人間の心にとどく」
── ネルソン・マンデラ(南アフリカの反アパルトヘイト運動家、元大統領)
憎しみが後天的なものなら、教え直すことができる。27年の投獄を経てなお報復を選ばなかった人物の言葉として読むと、これは希望的観測ではなく方法論である。彼は実際に、復讐ではなく和解を国家の方針にした。
「闇は、闇で追い払うことはできない。光だけがそれを可能にする。憎しみは憎しみで追い払うことはできない。愛だけがそれを可能にする」
── キング牧師(アメリカの公民権運動指導者)
比喩として美しいが、実務としても正確だ。闇は「取り除く」ものではなく、別のものを持ち込むことで消える。憎しみも同じで、憎むのをやめようと念じても消えない。別の行動で場所を埋めるしかない。
「憎しみは重い荷物だ。それを下ろすだけで、あなたは自由になる」
── デズモンド・ツツ(南アフリカの聖公会大主教、ノーベル平和賞受賞者)
アパルトヘイト後の真実和解委員会を率いた人物は、赦しを相手のためではなく自分のための行為として語った。憎しみを抱え続けるコストは、憎まれている相手ではなく、抱えている本人が支払っている。
「憎悪は世界に沢山の問題を引き起こしましたが、まだ一つも解決はしていません」
── マヤ・アンジェロウ(アメリカの詩人、公民権運動家)
収支決算のような一文である。憎悪が生んだ問題の数と、解決した問題の数。片方は数え切れず、もう片方はゼロ。感情論に踏み込まず、結果だけで判定しているところに強さがある。
「私たちの本当の敵は、無知、憎しみ、欲望、嫉妬、傲慢という心の毒です」
── ダライ・ラマ(チベット仏教の最高指導者)
祖国を追われた人物が、敵を国家や民族ではなく心の状態に定めている。外に敵を見つけているかぎり、敵は無限に供給される。内側に敵を定めるのは、戦いを終わらせるための現実的な方法でもある。
「愛と慈悲は贅沢品ではありません。それらがなければ、人類は生き延びることができないのです」
── ダライ・ラマ(チベット仏教の最高指導者)
優しさは余裕のある人の嗜好品ではなく、生存条件だという主張である。余裕がないときこそ削られやすいものが、実は土台だった。忙しさを理由に人へのまなざしを削っている自覚がある人には、刺さる指摘だろう。
「もしもあなたが敵と平和を築きたいなら、敵とともに働かなくてはならない。そうすれば敵はあなたのパートナーとなる」
── ネルソン・マンデラ(南アフリカの反アパルトヘイト運動家、元大統領)
和解の最も具体的な手順がここにある。話し合うのでも許すのでもなく、一緒に働く。共同作業は相手を「立場」から「人」に戻す。対立している相手と、まず一つの小さな仕事を共有してみる――日常に落とせる実践である。
戦争を経験した者たちの証言
戦争を美化するのは、たいてい戦争を知らない者である。知っている者の言葉は、驚くほど地味で、驚くほど容赦がない。
「平和なときは父が子によって埋葬され、戦争のときは子が父によって埋葬される」
── ヘロドトス(古代ギリシアの歴史家)
戦争の本質を、順番の逆転という一点だけで説明している。二千年以上前の観察が古びていないのは、人間が同じことを繰り返してきたからだ。統計でも思想でもなく、葬列の順番。これ以上に具体的な指標はない。
「戦争は、それを経験したことのない者にとってのみ甘美である」
── エラスムス(ネーデルラント出身の人文主義者)
ラテン語の格言「Dulce bellum inexpertis」を表題に掲げ、エラスムスは1515年の『格言集』で長大な反戦論を展開した。西欧最初期の平和思想のひとつである。威勢のいい言葉を語る人ほど現場から遠い――この構図は500年間変わっていない。
「作られる銃、進水する軍艦、打ち上げられるロケットは、どれも、飢えて食べるもののない人々、凍えて着るもののない人々からの盗みを意味する」
── ドワイト・D・アイゼンハワー(アメリカ第34代大統領、連合国軍最高司令官)
これを語ったのは反戦運動家ではなく、ノルマンディー上陸作戦を指揮した軍人出身の大統領である。1953年の「平和のための機会」演説で、彼は爆撃機一機の値段を学校や病院の数に換算してみせた。軍事費を道徳ではなく会計の問題として提示した点が、この演説を今も生かしている。
「戦争は、ときに必要悪であるかもしれない。しかし、どんなに必要であろうと、それは常に悪であり、決して善ではない」
── ジミー・カーター(アメリカ第39代大統領、ノーベル平和賞受賞者)
2002年のノーベル平和賞受賞講演の一節。必要であることと正しいことを混同するな、という警告である。やむを得ない選択をしたあとに、それを善だったことにしてしまう。その一歩を踏み外さないための、静かな歯止めだ。
「善き戦争はなく、悪しき平和というものもない」
── 城山三郎(日本の作家、少年兵として従軍)
17歳で海軍に志願し、戦後は経済小説を書き続けた作家の断言である。例外規定を一切置かない構文に、体験の重みが表れている。
「戦争によって人間は被害者になるが、同時に傍観者にもなりうるし、加害者になることもある。そこに戦争の恐ろしさがあるのです。」
── 半藤一利(日本の作家、昭和史研究者)
昭和史を書き続けた著者は、戦争を「される側」の物語に閉じない。同じ一人の人間が、状況によって三つの役をすべて演じてしまう。自分は被害者の側にいるはずだという前提を、静かに崩す一文である。
「いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。」
── 伊丹万作(日本の映画監督、脚本家)
敗戦直後に書かれた『戦争責任者の問題』の一節。だまされた側にも責任があるという指摘は、当時も今も耳に痛い。情報が溢れる時代においては、むしろ射程が伸びている言葉だろう。
「こうした兵器は必要悪ではありません。絶対悪なのです」
── サーロー節子(広島の被爆者、核兵器廃絶運動家)
13歳で被爆した彼女は、2017年のノーベル平和賞授賞式でICANを代表して演説し、核兵器についてこう言い切った。「必要悪」という言い回しがどれほど多くを覆い隠してきたかを、当事者だけが持つ資格で撃ち抜いている。
平和は、足もとから始まる
では、今日の自分に何ができるのか。ここに挙げる言葉は、どれも驚くほどスケールが小さい。そして、だからこそ実行できる。
「平和は自分の足元からはじまる」
── ヤスパース(ドイツの哲学者、精神科医)
世界の平和は国際会議からではなく、一人の生活から始まる。遠くを憂えながら近くを荒らしていないか。出発点を指定するこの一文は、無力感への処方箋でもある。
「世界平和のためにできることですか?家に帰って家族を愛してあげてください。」
── マザーテレサ(マケドニア生まれの修道女、ノーベル平和賞受賞者)
大きな問いに、意表を突く小ささで答えている。しかし彼女は生涯、最も近くにいる人を助けることだけを続けた人だった。答えは逃げではなく、実践の報告である。
「平和は微笑みから始まります。」
── マザーテレサ(マケドニア生まれの修道女、ノーベル平和賞受賞者)
行動の最小単位まで分解すると、ここに行き着く。微笑みには予算も権限も要らない。そして、受け取った相手の次の行動を、わずかに変える。
「平和への道はない。平和こそが道なのだ」
── マハトマ・ガンディー(インド独立運動の指導者)
平和はゴールではなく、歩き方そのものだという宣言である。平和のために暴力を使えば、その時点で道を外れている。手段と目的が一致していなければならない、というのがガンディー思想の最も厳しい部分だ。
「自分自身が平和でいることで、あなたはすでに平和な世界の一部になっているのです」
── オノ・ヨーコ(日本出身の芸術家、音楽家)
平和を「まだ手に入れていないもの」と考えると、人は焦り、無力を感じる。だがすでにその一部であると捉え直せば、今日の自分の状態が世界の総量に加算されることになる。視点の転換が、そのまま行動の持続力になる。
「戦争は決して避けられないものではない。戦争はつねに人類の敗北である」
── ヨハネ・パウロ2世(第264代ローマ教皇)
2003年1月、イラク戦争の開戦直前に各国の外交団を前に語られた言葉である。「避けられない」という言い訳を最初に封じてから、勝敗の枠組み自体を否定する。勝者のいる敗北、という認識がここにある。
「平和の有難さは失ってみないとわからない。失ってからではおそすぎるというのに」
── 城山三郎(日本の作家、少年兵として従軍)
健康と同じで、平和もあるうちは意識されない。そして失ってから気づいても、取り返す代償は比べものにならないほど大きい。何も起こらない一日を退屈と呼ぶ前に、一度立ち止まる理由がここにある。
「みんなが本当に平和を望めば、世界は平和になるんだ」
── ジョン・レノン(イギリスのミュージシャン)
素朴すぎると笑うこともできる。だが「本当に」という一語が効いている。口では望みながら、日々の選択では別のものを優先していないか。本気で望むとはどういうことかを、この短い一文は問い返してくる。
43の言葉を並べてみて浮かび上がるのは、平和が「状態」ではなく「動詞」だということだ。放っておいて訪れるものではなく、誰かが毎日やり続けている作業の結果として、かろうじて保たれている。国際情勢を動かす力は、確かに私たちの手にはない。それでも、腹を立てた相手に一言多く言わないこと、違う意見を最後まで聞くこと、憎しみという重い荷物を今日は下ろしてみること――手の届く範囲は必ずある。平和への道はない。平和こそが道なのだから、歩き始められるのは今いる場所からだけである。